火曜日, 3月 30, 2021

京極夏彦著「神社姫の森」、過去の事件の亡霊とも取れる人物が次々と登場して混乱を来たし、それに心理分析学者であったユングの理論まで持ち出され聊か閉口ぎみになる本書である。妄想に取りつかれ自己を見失い冥府との境界を右往左往するその本人は実は小説家の関口巽だったとは、京極堂の中禅寺秋彦は勿論榎木田礼次郎探偵までが登場するといった態である。
松本清張著「分離の時間」、2編の中短編が載っている中の第一編が、「分離の時間」である。九州出身の代議士八木沢が横浜のホテルで殺害されたこの事件に感心を寄せた土井と週刊誌記者の山岸ともに真相に迫るべく自分たちで捜査に臨んだ。石油会社の社長上杉とその愛人でホモの関係にある洋品店経営の高橋による愛憎が絡んだ殺人事件だった。2編目の作品は「速力の告発」である。1960年代のモータリゼーションが齎す交通事故での大量の死者の排出を電気店経営の木谷彼は妻子を事故で喪失している、自動車ディーラーから通産省を始め官庁にも訴えるのだが当然取り合って貰えず、故意に中古車に細工をしてエンコさせ渋滞を発生させ巻き込まれた運転者にメーカー告発のビラ配りをするといった作戦だ。
服部まゆみ著「この闇と光」、著者の作品を読むのは初めてである。この作品はミステリーとかファンタジーとかSFとか不思議なイメージだ。4歳の時病院から攫われた子供鬱蒼とした森の奥の屋敷それはある小説家の別荘だった。少年は少女として育てられ13歳になり、青山墓地で置き去りにされ発見された。当時盲目だった少年の成長過程で嗅ぎ取る様々な事象は敏感であった。異国のイメージを持って暮らしていた少年にとって発見され日本を知り戸惑いながらさらに成長し、そして少年を攫った犯人に対峙する最後の場面が印象的だ。
辻村深月著「スロウハイツの神様 下」、青春をスロウハイツで過ごしたクリエイター達が、大人になって行く葛藤、ジレンマさらに孤独、疎外感全てを体験しながらも、人間それぞれが持つ優しさ、そして気づかいがこの物語の根底にあり、読後感は清涼そのものである。チヨダ・コーキと赤羽環の心温まる愛情はまさにこの物語の根底にある。
辻村深月著「スロウハイツの神様 上」、脚本家赤羽環が手に入れた古びたアパート名前を「スロウハイツ」といい、そこには有名な漫画家のチヨダ・コーキを始め小説家志望やら画家やらが住んでいる。そしてスロウハイツに入ってくる人、そこから出て行く人ある日環に紹介されて入って来た美女は加々美莉利亜という女性だ。この加々美という女性とチヨダ・コーキとの関係が展開がどうなるのか?下巻へ。
蘇部健一著「六枚のとんかつ」、保険調査員の小野と部下の120kgも体重のある早乙女、この二人が出会う様々な事件をある時は推理作家の古藤の知恵を借りながら解決へと導いていく何とも発想豊かなパロディックなミステリーだ。著者のユーモアを感じさせる面白い作品である。
松本清張著「高台の家」、短編と中短編の2作品が収録されている。「高台の家」と「獄衣の女囚」である。高台の家では、瀟洒な洋館に住まう未亡人と夫を亡くした息子の嫁が織りなす汚れた欲望からの殺人事件、一方獄衣の女囚では男性が住むアパートと隣り合う女性が住むアパートで起こる不可解な連続殺人事件、金銭と愛欲とが混ざり合ういずれも楽しめるミステリーだ。
京極夏彦著「書楼弔堂 炎昼」、破暁と同じく奇妙な3階建ての書舗、弔堂を中心として主である中禅寺を中心として巡る人間夫々に人生感を披露する物語である。今回の弔堂への誘い人は、薩摩藩士の流れを汲む家のお嬢塔子です。彼女が様々な人との邂逅通して弔堂の主人と巡り合うその中には勝海舟を始め後の柳田國男でいるという豪華版です。
松本清張著「風紋」、食品会社に勤める今津は、社史編纂室に移動になった。ここは、会社の掃きだめである。一方会社では、強力な宣伝効果で新しく開発した食品と薬品の融合商品キャメラミンが大ヒットし会社は上向いた。この商品の開発に携わった島田専務、宣伝を企画担当した工藤宣伝部長、社長杠(ゆずりは)と幼友達の大山常務、これらの人間が奏功して絡み合う闇を描いたこの作品は1960年代に書かれたとは思えない印象だ。
京極夏彦著「書楼弔堂 破暁」、鄙びた坂道を登るとそこに三階建ての奇妙な建築物そうそれが書楼弔堂つまり古本屋である。そこの主は僧侶の出自というが誠に知識豊富な俗人である。その書楼に通うようになった暇な御仁は武家の出で高遠彬という、母上妻子が在りながら書楼近くの百姓家に一人暮らしている。弔堂の主人とこの高遠そして間に客人を挟み交わす会話は面白い、その客人というのが勝海舟、泉鏡花など著名人だ。