木曜日, 8月 30, 2018

吉村昭著「背中の勲章」、太平洋戦争の裏史、小型偵察艇の水夫の生き様を通して戦争を振り返る異色の作品だ。この作品で感ずる当時の日本国家の戦慄すべき軍事統制教育、誰も疑わず天皇を仰ぎ命を捧げることを当たり前と考える偏見思想、教壇に立つ教師は何を考え自分の使命・人間を見失った教育をしたのか?人間の脆弱性の極限だ。世界観を喪失した国家戦略を思い知らされる。
門田泰明著「ぜえろく武士道 討ちて候 下」、松平政宗は江戸で将軍家綱の後の世継ぎとして朝廷が絡む宮家をと暗躍する老中の意図を察した。不穏な忍び集団に度々急襲されながらも次々と討ち果たし難を逃れた。織田信長が本能寺の変で果てた後に直ちに家康を守り従った二十六名の忍び集団内滝一族の末裔が今も伊勢の国松坂にあった。しかもその長はなんと柳生宗重であった。
門田泰明著「ぜえろく武士道 討ちて候 上」、正三位大納言左近衛大将、松平政宗は京の都より江戸へ亡骸を菩提寺に治るべく来た。旧知との遭遇さらに政宗を取り巻く忍び集団との激しい鍔迫り合いが火花を散らす。京の鞍馬山での無双禅師の厳しい修行に耐えてきた政宗を以てしても執拗な襲撃に後一歩の所で命を失うところだった。
松岡圭祐著「万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ」、今回はフランスはパリに旅行に出かけるという凜田莉子心配だから同行するという八重山高校時代の担任教師の喜屋武先生、二人を巻き込んで事件が発生する。同級生の楚辺がフランスパリでのフォアグラの専門高級レストランで見習い中彼の部屋に宿泊することになった。レストランで仕入れたフォアグラに不良品が混じり客が急性中毒にかかり事態は深刻になってゆく。レストランはおろか製造元まで警察・保険局が調査に乗り出した。そんな状況の中でも莉子の冷静な客観的観察力と推理によって犯人が特定される。
峰隆一郎著「大奥秘交絵巻 春日局」、江戸は三大将軍秀光の聖母・春日局の物語である。家康の子つまり秀光を将軍につけ、さらに秀忠の子忠長を亡き者にしようとあらゆる策を弄し行動する母そして女としての春日局の全貌を見事に描き切っている。乳母として江戸城中に上がり家康の子を孕み、女として溺愛する息子秀光を将軍に付ける凄まじい執念と計略は閨房の中での巧みな描写によって物語を充実させてゆく。
松岡圭祐著「八月十五日に吹く風」、太平洋戦争の激化の元で日々疲弊していく日本軍はアリューシャン列島の島々で撤退を余儀なくされていた。アッツ島での殲滅玉砕を終え、今や鳴神島=キスカ島も玉砕寸前の状態だ。そんな中木村昌副司令官の元、島に生き残る5千200名の救出作戦を血行する。艦船上での人間同士の会話と戦地での不安と絶望を織り交ぜ戦争を浮き彫りにした人間フューマンな小説だ。生きるあるいは生き残る意味を問いかける。
エラリー・クイーン著「災厄の町」、ライツヴィルという田舎町で起こった殺人事件、しかも毒殺だ。急転直下のクリーンの推理は目を見張るものがある。本書はかなりの長編であるが少し冗長性を感じさせ彼らのこれまでの作品と比較して前半のほぼ全てが正に文学的だ。人間描写に焦点を当てながら舞台となった田舎町を詳細にその街に住む住民の正に精神構造をも表現するといった内容だ。プロットは現代のミステリー小説でも取り上げられるほどの完璧さだと思う。
松本清張著「大奥婦女記」、清張の時代物ということで手に取ってみた。江戸時代の大奥の様々な局面を描きその神髄を余すところなく捉えている。将軍お殿様との大奥婦女子との拘わりから、大奥婦女の嫉妬や妬み憎悪と様々な人間の感情や醜聞などが極めて明快に書き出され江戸時代の世上と民衆との乖離が見通せる。城に勤務する近習の出世にからむ企みや暴利を貪る役人の姿はいつの時代も同じだと思う。
エラリー・クイーン著「中途の家」、1930年代のクイーンの代表作とされる本書は、私にとってはベストだと思わせる出来栄えだ。ある男は二重生活、つまり重婚をして日々を最新の注意を払いながら暮らしていた。ある日男は現在の自分を嘘偽りなく話そうと二人の人間に自分の人格を変える目的を持つ家表題にもなっている中途の家へ来るよう手紙を出す。そして彼及び彼女が見たのは殺害された男の死体であった。犯人は女性と断定され公判でも禁固20年の刑に処せられた正妻そして事件の関係者であり正妻の兄であり弁護士を救うためクイーンの灰色の脳細胞が活躍する。当時の面影を残しながら相変わらず人物設定およびプロットの見事さは秀逸でミステリーの本質を突いた名著である。
エラリー・クイーン著「スペイン岬の秘密」、大富豪ゴッドフリー家の別荘は三方を海に囲まれた断崖絶壁の上に建つ瀟洒なものだった。客として当主の夫人から招待された4人がいた。エラリーと判事は旧家を過ごす為、ゴッドフリー家のスペイン岬のすぐ近くの別荘に行く予定でそこへ向かうと当主の娘ローザが縄で縛られ意識を失っているのを発見し事件に巻き込まれることになる。招待された客がある日テラスで全裸で殺害されているのが発見され地元警察の警視らとエラリーらとが合同で捜査に乗り出す。巧みな人物設定と謎解きの面白さは秀逸で改めてクリーンのミステリー小説の面白さを実感できる作品だ。
エラリー・クイーン著「アメリカ銃の秘密」、ロデオショーのコロシアムで起きた殺人事件、殺された騎手は元映画俳優バック・ホーンだ。エラリーとクイーン警視の必要な捜査にも拘わらず進展は一向に無い。しかも凶器と見られた25口径の拳銃リボルバーも依然として見つからなかった。元俳優だという人物設定に始まりコロシアムという状況設定といいエラリープロットは実に巧みだ。現代でも通用するミステリーとして秀逸だ。
アイザック・アシモフ著「黒後家蜘蛛の会」、12編にも及ぶ短編集である。6人の会員を擁するウィドワースの会はヘンリーというウェイターのいる店で例会を開く。6人が自らまたはゲストを連れてきて悩みを打ち明けることに対して解決を試みる。各短編は機智に飛んだ問題に対してヘンリーのさり気ない解答・解決策が傑作だ。
吉村昭著「雪の花」、江戸時代の天然痘の撲滅を目指し人生を賭した医師、笠原良策を中心とした物語だ。元は漢方医だった彼はある時蘭方医からの教えで天然痘についてその治療法がオランダ医から発せられていることを知り、彼の奮闘が開始された。幕府を初め福井藩に身御置く良策に対してその種痘を入手した後も様々な困難及び偏見に見舞われ遅々として治療が進まない状況だ。しかし彼の根底にある人間性を死から子供たちを救うというヒューマンな姿を描いている。
エラリー・クイーン著「チャイナ蜜柑の秘密」、切手蒐集家でもあり宝石商さらに本の出版にも携わる人物はホテルの22階を事務所として使用している。ある日訪ねて来た名前も明かさない人物が事務所の部屋で殺害される。異質の密室の殺人事件だ。切手の知識や登場人物の様々な造形それに伴うプロットは流石だ。しかし殺人のトリックとしては今一の感は否めない。
倉田百三著「出家とその弟子」、親鸞を中心に弟子たちとの会話戯曲作品である。大正期の作品である。著者の人間の奥深くにある情念それは信と欲との相克を深いところで捉えている傑作だ。信仰と愛憎、肉欲を見事に表現し最終的に御仏に全てを委ね任せることで生きる信ずるに通ずるという描いていいると思う。