土曜日, 1月 29, 2022

アンソニー・ホロヴィッツ著「メインテーマは殺人」、その日葬儀屋を訪れ自らの葬儀の相談をして帰った老婦人が何者かによって殺害された。ロンドン警視庁殺人課より委託された元刑事ホーソーンが、推理作家アンソニーに対してこの事件の顛末を本にしないかと持ち掛ける。そして二人はこの不可解な事件捜査に臨むことになる。老婦人の息子でハリウッド映画スターの息子ダミアンが老婦人の葬儀のその日に残酷な形で殺害された。叙述的なホームズ・ワトソン的なミステリーだが随所に伏線を散りばめ組み立てたプロットは圧巻である。
コリン・デクスター著「死者たちの礼拝」、英国オックスフォードの教会を舞台にした連続殺人事件に休暇中のモース主任警部が挑むミステリーだ。礼拝中の聖具室の中でモルヒネを飲まされ最中を刺されて死亡、そして尖塔から落下して死亡した神父謎は深まるばかりでモースとルイスのコンビは右往左往するが依然として犯人を特定できない。これらのモースの心理描写はやはりTV ドラマでは出せない小説独特のものである。
エラリー・クイーン著「フォックス家の殺人」、ライツビルという町で起こった十二年前の殺人事件が齎す悲劇を知った故郷の英雄フォックス家のデイヴィーの若妻リンダがエラリーに相談して事件解明に向けてデイヴィーの父ベイヤードの妻殺しの無実を証明するために奮闘する。様々な伏線と主要なプロットは読了して感銘するほど巧みでキレがあると思う。
ジョン・ハットン著「偶然の犯罪」、彼コンラッドは教師である、出張先の帰りにヒッチハイクしている女性を車に乗せた。そして途中で放り出して帰ってしまった。その後で殺人事件が持ち上がり嫌疑を受けたコンラッドはただ茫然として質疑を受け立場上嘘を並べ立てた。学内で人事を巡るゴタゴタの最中に容疑者として執拗に追い回され精神的に追い詰められてゆく心理家庭を実に見事に描写している。
ジェフリー・ディーヴァー著「オクトーバーリスト」、著者の作品は全部読んでいるが、今回注目したのは時間の逆行という新たな手法に果たして強烈なるどんでん返しができるのかと興味を持って読んでみた。結果はリンカーン・ライムシリーズのようなまず爽快感が無い。この小説手法はたいてい叙述的な表現にならざるを得ないし遡り犯人を特定することに余り興味を感じない。
エラリー・クイーン著「レーン最後の事件」、現役を退き探偵事務所を開設したサム警視の元に意外な案件が舞い込んだ。封筒の保管依頼だった。その後ブリタニック博物館でシェイクスピアの稀覯本が盗まれた。稀覯本を回り殺人事件に発展しサム元警視、娘のペイシャンスさらに博物館司書のゴードンらが推理を繰り広げ真相に徐々に迫るが依然として犯人を特定できなかった。そして最後にレーンが身をもって示した犯人とは衝撃的な結末だった。レーン氏が自死した。
コリン・デクスター著「キドリントンから消えた娘」、英国オックスフォード郊外キドリントンからバレリー・テイラーという女性が家出失踪した。失踪して2年数か月経た時点で捜査がモース主任警部の手に渡った。中等学校での校長と教頭そしてフランス語を教える教諭、バレリーの母親、義父と翻弄されるモース主任警部とルイス巡査部長、二転三転しながら懊悩し捜査を繰り返し原点に戻りながら進めていく過程を十分に楽しめる警察物ミステリーだ。
コリン・デクスター著「ウッドストック行最終バス」、テレビでモース警部シリーズをしこたま見ているせいか、読んでいる最中警部とルイスの顔が出てくるが小説の中の二人はちょっと違う感じがする。オックスフォードのパブの庭で女性が強姦され殺害された、モースとルイスコンビが捜査をする中で一転二転と状況が変化し中々犯人を特定することができない。不倫中の大学講師と若い女子そしてモースに愛情を注ぐ女性、複雑な伏線ををたっぷり用意して読者には中々犯人を特定させない巧妙なトリックとプロットが用意され読み応えのある本書である。
ミシェル・ビュッシ著「黒い睡蓮」、フランスのノルマンディー地方のジヴェルニーは、晩年モネが30年間に渡り暮らしていた小村である。ここに睡蓮の池がありモネは多数の絵画をここで描いた。この小村で連続殺人事件が発生する二人の警部の必死の捜査に関わらず犯人を特定することはできなかった。ただセレナック警部は直観から犯人を特定していた。物語は冗長であり、かつ最後のどんでん返しは時間差というかあまりピンとこない結末だ。
真山仁著「神域 下」、宮城県警の楠警部は自分の母もアルツハイマー病を患って徘徊していた。失踪徘徊した老人たちが、次々と遺体となって発見され法医学室で解剖された脳は膨張し頭蓋に罅が入るほどだった。開発中のフェニックス7の人体実験をアルキメデス科学研究所で極秘に人体実験をしていた、そしてフェニックス7は米国サンノゼの研究センターと治験を共同で行うという。県警はアルキメデス科研に踏み込んだが、警察庁でまったを暗い空中分解した。

水曜日, 12月 29, 2021

真山仁著「神域 上」、アルツハイマー型認知症の克服は国家戦略でもある再生先端医療の千峰である。この件について大手IT企業社長が動いて医療センターを大々的に立上げ研究が開始された。医療センター及びアルキメデス科学研究所が目指す再生医療の眼玉はフェニックス7と言われるアルツハイマーを遅延させる投薬だ。その頃東北の宮城市の周辺で俳諧老人の連続死体事件が起こっていた。宮城署が乗り出し捜査に当たるが殺人事件かどうか?判断はまだできなかった。
ロード・ダンセイニ著「二壜の調味料」、エラリー・クイーンが名作と認めた古典的作品で本書は作家が唯一書いたといわれるミステリー集であり、26編もの短編集である。ホームズとワトソンに似せたリンリーとスメザーズはちょっと機転が利いた物語で読者を楽しませてくれる。他にも短編が色々とあり一気読みの感がある。
ケイト・モートン著「湖畔荘 下」、セイディの調査も佳境を迎え、ロンドンに住む作家アリスに面会しコーンウオールのローアンネスの屋敷の鍵を渡してくれたつまり調査しても良いと認めてくれた。屋敷に入り様々な手紙を繰るうちに段々と全貌が明らかになり、それまでの定説が覆った。当時の母親が愛人で庭師のベンと共にセオを匿ったという事実だった。そして終幕でどんでん返しが待っていた、セイディ叔父バーティこそがセオだったと。1930年代と現在とが交互に絡み合い交錯し登場人物の過去にも翻弄されながらの最後のどんでん返しは素晴らしい。
ケイト・モートン著「湖畔荘 上」、英国ロンドンから少し離れた森と湖に囲まれたその屋敷はエダヴェイン一家が1930年代に暮らしていた優雅な屋敷だった。その一家に1歳になる末っ子のセオという男の子が誘拐された。警察始め総出で捜索したが男の子を見つけることができなかった。70年前のこの事件に興味を示したのはロンドン警視庁でミスを犯し上司から休暇を迫られ叔父の住むコーンウオールに来たセイディだった。彼女は未解決事件の情報を図書館から当時担当していた警部まで聞き込みをしたりして事件解決に向け鋭意努力中だ。
アントニイ・バークリー著「ジャンピング・ジェニイ」、古典的名著と言われた本書であるが、少し冗長でありプロットそのものも平坦であり面白みに欠ける、最後にどんでん返しは用意しているが脈絡に欠ける点は否めない。仮想パーティで主催の弟の嫁が屋上で自殺した、そこに参加していたロジャー・シェリンガムは殺人だと断定して犯人に目星を付けその人間を守ろうとする。嫁は分裂症気味で鬱を患い自殺願望があった。しかし裁判では自殺と断定された、そこから最終章にどんでん返しが起きた。しかし脈絡がない。、
ドロシー・L・セイヤーズ著「誰の死体?」、1920年代の作品だという。ある朝発見されたのは浴槽で仰向けにされた遺体だった。当然英国ではスコットランドヤードの警部が早速事件の捜査を開始、しかし手掛かりも無く途方に暮れていた。スコットランドヤードもう一人の警部バーカーはピーター・ウィムジイ卿に取り次ぎ二人で事件の解明に乗り出す。シャーロックホームズを彷彿とさせる探偵は勿論ウィムジイ卿で雇用人のバンターがワトソン役だ。今ではプロットも在り来たりなものだが当時は画期的なミステリーだったに違いない。
真山仁著「トリガー 下」、韓国のスーパースターであり検事そして現大統領の姪のキム・セリョンが凶弾に倒れ、日本・韓国双方の捜査が開始されたが、北朝鮮及び米国と日本の防衛システムを揺るがす民間の軍事受託会社に防衛を委ねるそしてそのカネをばら撒き覇権を競う軍事会社の陰謀と目まぐるしく展開する物語は圧巻である。スパイ小説として一読に値する価値を本書は提供してくれる。著者の周到な調査と思考の上で組み立てられたプロットは圧巻である。
真山仁著「トリガー 上」、2020年東京オリンピックが舞台となった事件だった。韓国の大スターであり韓国地検の検事で馬術でのオリンピック参加を決めていた。馬場に入場して間もなく500m先からスナイパーによる狙撃によって額を撃ち抜かれその場に倒れ即死だった。韓国地検と日本の警察の軋轢の中、事件の真相究明すべく警視庁特別斑が始動。元外事課で今はカウンセラーの冴木、北朝鮮の工作員、米国大使館と物語は壮大で小気味よい文章とともに楽しめる。
松岡圭祐著「千里眼 優しい悪魔 下」、新シリーズの最終巻のこの書は、岬美由紀とメフィストコンサルティングのダビデ及びジェニファーレインとの相関を締めくくる巻となった。様々な事件の中でスーパーヒロイン美由紀が全力で戦い勝利してきた経緯そのものが美由紀の信念だ。弱きを助け困窮している者に救いの手を、そして何よりも著者の破天荒なセッティングは度肝を抜かれまた苦笑せざるを得ないことが、やはり岬美由紀を通して直に感じられるエンタメ小説の究極だ。
セバスチアン・ジャプリゾ著「シンデレラの罠」、不思議なミステリーと言っていいと思う。物語の進捗の語り手が変化し続け登場人物がつまりドかミか判別できなくなる。しかしこの物語の真意は、莫大な遺産相続にともない、もたげた殺意その底辺には遺産を持つ叔母への愛情の獲得争いといったいたって現実的な命題があるのが主題だと思う。語る人称を変える技法にどんなメリットがあるのか今一不明だ。
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