畠山健二著「本所おけら長屋 十」、
本所は深川のおけら長屋の住人がからむドタバタ劇を人情味豊に描き読者を安心させる何かを持っている。日本人で良かったと思うそんな気持ちにさせてくれる。江戸の風情と庶民の暮らしさらに連綿と続く日本人の心がこの本にある。
パトリシア・ハイスミス著「キャロル」、
1950年代のニューヨークを舞台に若き女性テリーズと美貌のマダムキャロルとの恋愛物語だ。世にいうレズの世界の恋愛といってもそんな異質な感じは全然なくて、直に徹底した二人の就中テリーズの心理を細やかに描き出して先のページを繰らせるサスペンス的な魅力に溢れている。心理描写の徹底した分析はこの本の持つ愛をテーマに人間として成長していく姿を想起させる。
セバスチアン・ジャブリゾ著「シンデレラの罠」、
平易な文体ながら、物語で語る人称の不確実性が読者を欺き最後まで殺人犯がどちらともとれる設定になっている。富豪の叔母の遺産を巡る3人の女性の深い心理を描きながら殺人事件の設定を作り上げている。プロットは単純だが、計算しつくされている語り手の人称設定の不確実性が犯人の特定を困難にし読者を迷わせる。
松岡圭祐著「水鏡推理 Ⅴ」、
水鏡推理シリーズの第五弾だ。今回瑞希は文科省タスくフォーズより研究公正推進室に移動となった。移動先での様々な出来事に遭遇し持ち前の正義感とともに事件を解明してゆく。核融合炉がからむ熱エネルギーの研究開発と研究者と民間事業者との癒着と予算の要求、さらに不正な株取引にからむ事態に瑞希の追及が開始される。不妊治療から少子化さらに親子・兄弟関係についての著者の幅広い見識に感心する。
松岡圭祐著「水鏡推理 Ⅳ」、
著者この水鏡推理シリーズ4冊目を手にした。文科省タスくフォーズに所属する一般事務官水鏡瑞希なる女性の活躍の舞台は今回気象に関するものだ。気象庁天下り先の民間気象会社の不正、これに絡む官僚の予算の不正要求・使用さらに非行少女たちの境遇と親との接点を通して家庭、人生を語る。現代の関心あるテーマを履んだんに盛り込んだプロットは流石だ。
ルネ・ナイト著「夏の沈黙」、
英国の女流作家である彼女の作品は初めてだ。つましやかなメゾットに住む家庭ロバートとキャサリン独立した息子は市内のフラットを借りて住んでいる。ある日一冊の本が彼女の元へ送られて来た、本を見た彼女の過去の忌まわしい記憶を鮮明に思い出す。屈辱的な記憶を回り苦悩する母親としてのキャサリンは思い悩む。夫との仲も険悪な状況になり、息子のニコラスとも意思の疎通がうまくいかず八方塞がりとなった。人間の過去は消え去ることはないが、人生の何たるか人間の拙い心をまざまざと見せてくれる作品だ。
カーター・ディクソン著「ユダの窓」、
密室で発生した殺人事件、逮捕されたアンズウェルは被告人としてH・M著名な弁護士の元で出廷、プロットというか殺人の密室のトリックはなかなかのものだ。少し冗長性はあるもののカラクリを解き明かす弁護士の手腕は読む者を飽きさせない面白さがある。最終的決着は、まさに人間ドラマ化し落着する。
笹本凌平著「還るべき場所」、
登山を通して人間の根源的な愛を描いた長編小説だ。ミステリー部分は多少はあるが、所謂人間小説だ。ヒマラヤK2を目指して公募登山を実施したコンコルディアツアーに応募した初心者を同伴し登攀に賭ける熾烈な状況を想像しながら読める。臨場感は凄いものがある。刻々と変化する天候8000mにも及ぶ高度での酸素の欠乏と疲労と戦いながら登攀を目指す登山者の姿がリアルで極限状況での人間の愛、人生を見事に描いている。
黒川博行著「雨に殺せば」、
大阪湾に架かる港大橋上で現金輸送車が襲撃され行員二人が射殺されるという事件が発生した。大阪府警刑事二人、例の黒マメコンビの登場だ。軽快な文章とともに大阪弁のボケと突っ込みが心地よい。尚も続く殺人事件、死体は5人に増え捜査は停滞した。行員の闇金融ばりの不正融資を暴くマメちゃんの必死の捜査で事件は解明へと。
松岡圭祐著「千里眼の死角」、
世界統治の野望を描くメフィスト・コンサルティングは、ディフェンダーシステムを駆使し高度な人口知能システムを構築し人類の抹殺を目論む。このリリーズの壮大なプロットはまるでハリウッドの近未来的なエンターテインメントの映画の如く胆い。岬美由紀が対峙することになる悪の枢軸の統治者マリオン・ベロガニア、ここまでくると壮大なエンターテインメントを見る思いだ。
ジェフリー・ディーヴァー著「悪魔の涙」、
1通の脅迫状を元に、古巣FBIの文書検査士パーカー・キンケイドはFBIの要請を受け入れ捜査に参加する。未詳はサイコパスだ。多数の人間がいる最中に銃をマシンガンを打ちまくる。残されたメモを詳細に検査する中で、今後の未詳の出没する場所を特定する。そして最後はいつものローラコースター的結末というディーバーの十八番が待っている。リンカーン・ライムシリーズには無い魅力があることは確かだ。
松岡圭祐著「水鏡推理Ⅲ」、
栃木県北部の過疎の山村猪狩村へ文科省タスくフォース事務官水鏡瑞希は上司とともに到着。地磁気逆転の層が発見されたとう教授らの真偽の確証を得るため調査開始。そんな折隣村で土が地震により隆起し人顔の塚が表出したとのニュースが入った。この通称人面塚は村の一大テーマパークとなり環境客が押し寄せた。折しも地磁気逆転調査をしていた久保教授のその人面塚を調査してもらい人面塚は紛れもなく自然現象だとのお墨付きをまらった所有者は歓喜した。しかし水鏡は動いた。。
スティーヴン・キング著「ミザリー」、
ポール・シェルダンなる著名な作家がある日事故により、看護婦であり熱烈な彼のファンでもある彼女アニーの元で「ミザリー」という彼女を中心に物語を書けと強要され部屋に監禁される密室の物語だ。彼女は過去に数十人の殺害をし、証拠不十分で現在も生きているサイコパスだった。物語はアニーとポールの二人きりの世界で恐怖に慄き苦悩する作家を描く。本当の恐怖スリラーとミステリーが渾然一体となった体感だ。
松岡圭祐著「ヘーメラーの千里眼」、
ミステリーだと読んでは少し物足りない。防衛大学及び防衛庁そして航空隊基地と戦闘機パイロットの二人岬美由紀と伊吹直哉との恋愛を織り交ぜる物語だ。自衛隊を見る作者の眼、そこで生きる隊員たちの日常と人生について作者なりの国家感ともいうべき思想を披歴する。訓練中誤って少年を死に至らしめたと絶望の淵に佇む伊吹を身をもって蘇生させる彼女美由紀の愛情と自衛隊内での精神の相克それらが見事に描かれ長編ながら頁を繰らせる力がある。
櫛木里宇著「死刑にいたる病」、
大学生の雅也にある日手紙が繰る。シリアルキラーで死刑囚である榛村大和からであった。刑務所に面会に行った彼はキラー榛村か依頼された要件は過去の殺人と一線を画する9件目の殺人は冤罪だと。榛村の過去及び現在まで交流のあった人々との接触を通して榛村の人間性を知ることにより自分もまた過去から現在までの人生を自分自身を知ることになった。設定は面白いが今一ミステリーとしての面白さは薄い。