金曜日, 5月 29, 2020

ヘニング・マンケル著「ファイアウォール 上」、スウェーデンは西端イースタで、ある日少女二人それも19歳と14歳によるタクシー運転手の殴打殺傷殺害事件が起きた。程なくして、19歳の少女ソニャが発電所で電線に架けられ黒焦げ死体になって発見された。またティネス・ファルクというITコンサルタントが市内ATMの前で殺害された。さらに警察の死体安置所から死体が持ち去られ、後日再び殺害現場とされる付近に放置されるという奇妙な出来事があり、イースタ署のクルト・ヴァランダー刑事らは執拗な捜査を続けるも一向に事件の関連核心が見えてこない。
貴志祐介著「ミステリークロック」、本書は短編4つで更生され、作者が創造した名探偵でセキュリティ会社を担う榎本径が登場する物語だ。プロットはまずまずだが、この密室殺人シリーズ4篇は種明かしが今一で感動を覚えない。女性弁護士の青砥純子と榎本の掛け合いのユーモアは楽しいが、それまでで感動すら覚えなかった。
柚月裕子著「慈雨」、群馬県下で発生した幼女誘拐殺害事件を元に展開する警察小説であると同時にミステリ指向も含む物語だ。退職直前に発生した幼女拉致誘拐殺害事件は刑事神場を15年前に発生した矢張り同類事件に思いを馳せる。冤罪の思いは今の心の中に潜み、妻と共に四国八十敗箇所巡礼の旅にでる、神場の贖罪の吐露でもあった。同僚の鷲尾は今も現職として事件の指揮を執り、神場の娘幸知と交際をしている緒方巡査長との三者三様の気持ちの交錯を軸に人生の悲哀と諦念を見事に描いている。
松本清張著「風の視線 下」、奈津井は、慕っていた人妻亜矢子が久世と深い関係にあることを知った、しかも千佳子とは連絡もなく離れたままで彼は写真にも何にも意欲が沸かず自堕落は生活を送る日々だった。一方亜矢子の夫竜崎重隆は日本に戻りホテル滞在をしていて、妻亜矢子の動静を探るべく情報を集めていた、そんな折警視庁に目を付けられ遂に密輸容疑で逮捕される。久世は自ら志願して佐渡へ通信局長として新たに赴任した。平凡な毎日だった。島の西南端に行った日彼に近づいてきた人、それは亜矢子だった。また奈津井は再び写真・仕事に対する闘志を燃やし久しぶりに自宅に戻った、そこに居たのは行方知らずの妻千佳子だった。一気読みだった。作者の捉える恋愛そしてその先の愛という複雑な人間の相関は読みごたえがあった。
松本清張著「風の視線 上」、写真家・カメラマンとして現在売り出し中で期待されている奈津井は、新婚旅行中で青森県の砂に埋もれる潟をたまたま訪問し砂の中に埋もれる死体を発見し写真を撮影この写真と奥入瀬渓谷の写真を合わせ展覧会での出品は各方面から絶大な支持を集め好評だった。一方妻の千佳子にどことなく異なものを感じさせる女だった。大手雑誌社の部長である久世を奈津井は良く知っており若手写真家を応援してくれるやり手の人間だ。その奈津井に見合い結婚を勧めたのが竜崎亜矢子という資産家の夫人で久世と不倫関係にあった、しかもその亜矢子の夫重隆はかって今や奈津井の妻千佳子と不倫関係にあるという相関が判明した。
スティーヴン・キング著「ミスター・メルセデス 下」、叔母の葬儀の最中にジャネルが、サイコ犯人プレイディーによる爆弾で爆破されたのはホッジスのトヨタカローラだった、それを運転していたのは、図らずもジャネルだった。ホッジスは黒人少年ジェロームと精神障害のあるホリーと3人で犯人を特定した。MACで開催されるライブに犯人プレイディーはターゲットを絞り車いすを使って爆弾を携えて侵入する。ホリージェロームの二人によりMACセンターでの犯行と予測し現地に向かう。最終章は警察犯罪小説らしからぬ手に汗握るシーンを提供してくれた好著である。
スティーヴン・キング著「ミスター・メルセデス 上」、退職した元刑事ビル・ホッジスは、退職直前市民センターで夫人のメルセデスベンツを奪い市民の行列の中に突っ込み多数の死傷者を出した犯人サイコキラーについて思いを馳せる。しかしまさかと思うが、退職した今夫人の妹ジャネルから依頼を受け再び個人として捜査を開始した。相棒のジェロームの示唆よりサイコのウェブサイトを知り犯人を煽る。犯人プレイディーが次に描く事件はMACセンターにやってくるバンドのライブに入り込み爆弾で爆破することだ。
アントニイ・バークリー著「毒入りチョコレート事件」、送られたチョコレートによって夫人が死亡した。チョコレートには有毒のベンゼンが巧妙に含まれていた。ロジャー・シェリンガムが主催する「犯罪研究会」は総勢6名、各自がそれぞれの犯罪に対する推論を展開するといったプロットは、今までに無いミステリーとして大きな可能性を広げたと言われた、古典的ミステリーの名著として評価が高い。
貴志祐介著「硝子のハンマー」、上場を目前に控えた介護ビジネスの会社のマンションの最上階の一室で発生した殺人事件、社長の穎原が殺害された。浮上した犯人は専務で長年大番頭さながらに粉骨砕身仕えた久永だった。つまり密室トリックが完璧で社長室への侵入の是非だけでの結論だった。弁護に当たった青砥純子は防犯コンサルでもあり探偵の榎本径を起用し捜査と密室解明に当たる。様々な人物、そして現場の状況の精査と確認がなされた、最後の倒叙部分の犯人像の記述により作者自ら密室のカラクリを明かしていく手法は明快で十二分に楽しめるこれぞミステリーだと感ずる。
桜庭一樹著「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」、ある地方都市は背面に山そして海に面した喉かな田舎町にある日天候して来た女子中学生は海野藻屑という大層変な名前だった。しこも彼女の父は地元の有名人だった。体に無数の痣を付け行動は他の中学生にも理解できなかった。山田なぎさはそんな彼女の唯一の友人となった。彼女の生活も母親一人、兄一人しかも彼女がご飯を作るという貧乏家庭だった。そして藻屑は父により殺害された。平凡な日常の中である日突然起こる不条理は人々の内面意識の底にある何か安心、優しさを想い起させる。
道尾秀介著「ラットマン」、日常の中にある錯誤と錯覚を巧みにプロットの中に組み込み、一人の青年の人生を書いた作者の思惑は見事に結果として結実していたと思う。姫川青年の日常と非日常の中で起きたあるいは体験した事実それは彼の想像を超えたところにあった。そしてそれが、ある地点で彼の脳裏に迫り覚醒させる錯覚から。結局人生はそう悲観したものでもない。幸せは誰にでも掴み取れるチャンスがある。
松本清張著「火の器 下」、イランへの旅は通子にとって研究をさらに推し進め、帰国後の「史脈」という雑誌への投稿にも反映された。石造遺跡就中酒船石については飛鳥時代に既にイラン人が渡来していて酒船石の穿たれた穴は薬を作成する際の壺を現しているという見解を挙げた。ここに至る詳細な論考は作者の力量を凄さを感じさせる。在野の歴史雑誌の通子の論考は予想どおり無視され、四国の私立女子大学への赴任という思わぬ結果を齎した。公費を使いながら私的流用は元より陰湿ないじめという大学内の腐敗した状況は憂える。一方知り合った海津信六を回るミステリー彼の自殺という思わぬ結果を齎した。
塩田武士著「罪の声」、30数年前に関西で発生したグループ企業を襲った誘拐拉致脅迫事件の全貌を解明すべく大日新聞は、文化部の阿久津英二を抜擢した。手掛かり求めて東奔西走するが核心を得るには遠く何時全貌を解明できるかは不透明な期間が無駄に過ぎていった。そんな中で、一縷の望みを託しイギリスに犯人の一人が生存していることを知り単身シェフィールドへ渡る。これはという裏付けが取れないまま帰国するがある情報を入手し事件の関連があると見られる様々な人物との接触を試み事件の核心へと、しかしそこで見たものは犯人それぞれの人生に暗い影を落とし必死にまた社会の深淵に沈んで行く面々だった。松本清張張りの社会派サスペンスといったところか。
貫井徳郎著「乱反射」、街中の混雑した道路の端の街路樹が倒れて二歳になる男児が脳挫傷で死亡した。父親である地元の新聞記者の加山聡は息子が殺されたと信じてその原因は何処にあるのか?記者としての取材に長けた頭脳で原因と考えられる人々に面会し謝罪を求めた。しかし誰一人として認める者はいなかった。その事件に関与したと思われる人物の内面描写に感心して読んだ。微妙な心の揺れをこうまで文章に出来表現できる作者の技量に脱帽だ。
松本清張著「火の器 上」、都内T大学文学部史学科の助手として勤務する高須通子は、奈良・京都旅行に出掛け奈良で遺跡石物郡を見て回ることにした。そこで出会った雑誌編集者たちの中の板根カメラマンと出会う。その晩奈良で事故があり偶然通子が通報し介抱した海津信六は下って通子と同じ大学の助手を務め優秀だと噂され現在奈良で保険勧誘員として生計を立てる独身者だった。奈良県庁前で再会した板根と献血に行き、その後海津からの手紙と通子が雑誌に投稿した小論文について海津の感想の手紙を読み、どうしても海津に会うべく彼の自宅を訪問そして海津の姪の俱子と会い、話の中でイランへの訪問を促す海津に感化されイランへの旅を真剣に検討することになる。通子の恋愛の過去も明かされこれからの展開は下巻に。