日曜日, 11月 26, 2006

コフィンダンサー を読んで。

ジェフリー・ディーヴァーの第二作目だという。この面白さは圧巻だ。圧倒的な迫力リンカーン・ライムの頭脳が殺し屋「コフィンダンサー」を追い詰める。最後はどんでん返しに次ぐ、どんでん返しライムと相棒サックスの愛が作者の優しい目を感じさせる。素晴らしい作品の一言に尽きる。今までの探偵推理小説とは較べモノにならない感動ものだ。

土曜日, 11月 25, 2006

江戸川乱歩全集 第1巻 を読んで。

大正14年に発表当時の乱歩の初期短編集が収められている。初々しい初期短編集の中にも既に明智小五郎なる青年探偵が登場してくる。乱歩の探偵小説の中に著者の人生観が、あまり見えないしまた、社会も見えない。純粋な娯楽探偵小説であると思う。それが却って心地よい読んでいる間の面白さと言うべきか。痛快さを味わう。これ以上でも以下でもない。J・ディーヴァーと比較し息の詰まるような緊張感はもちろんない。乱歩の作は?に空想の中の探偵娯楽小説だ。

木曜日, 11月 23, 2006

ゴルフはシャフトだ。 その3

10日ほど前、○○○5のフィッティングルームを訪れた。ドライバーを診断してもらうと、シャフトがヘッドをインパクトの瞬間追い越していて、ヘッドが開いているフィッティング担当は言う。シャフトが合ってないと。彼が推奨してくれたのが「Fujikura」のZCOMである。それも白いSIXという元調子だ。計測により私のヘッドスピードは41で、このシャフトによりキャリーで220Yで方向性も格段に良くなり、かなり改善するということで早速注文。ヘッドはナイキのサスクワッチ460でサスクワッチディアマナをリシャフトすることに。実際にコースでの試打では方向性はまずまずだが。飛距離がもう一つ延びない。たまたま3日前ヤフオクで「ミズノJPXE310+ZCOM SIX」が出品されていた。迷った。フィッティング担当の推奨は硬さ「R」で出品されているのは「S」であった。しかし落札し本日のコンペにてデビュー。結果はランを含め250Yしっかり出ていた。中弾道で軽くドローする球筋は自分が求めていたものだ。しかし肘を痛めていて腕が高くあがらない中での結果には大満足であった。明日は、今年ベルーナ女子オープンが開催されさくらちゃんが勝った「小畑郷ゴルフクラブ」だ。楽しみだ。

今に生きる親鸞 を読んで.

吉本隆明の「親鸞」の略歴と思想を平易に解説した。親鸞入門の絶好の書だと思う。が、親鸞の思想は、インド、中国を経て日本で完成した仏教思想の究極だと言う。明日をも知れぬ戦乱の時代、或は飢饉で飢えて死んでゆく民衆はたまた疫病と混乱の時代に生きた親鸞を始め各宗派の創始者がでる。曹洞宗の開祖道元、日蓮宗の開祖日蓮と既存仏教を批判し民衆の苦しみの中に入っていこうとした。しかし親鸞の思想は個人の自己欺瞞を否定した究極の善悪、倫理、死について師の言行を纏めた唯円の「嘆異抄」の中で語られているというが、かなり難しいと思った。これは「仏教思想」というより人間の哲学である。という印象だ。

日曜日, 11月 19, 2006

鼻/外套/査察官 を読んで。

ロシアの作家ゴーゴリの作品を初めて読む。「鼻・外套・査察官」の三部が収められている。なお査察官は一般的には「検察官」なる見出しという。人生とは、誤解の連続で成り立ち、常に孤独と悲劇が内在している。そして人間は夢・妄想の中に生きる。とゴーゴリは言っているようだ。中でも面白いのは「査察官」だ。市長とその取り巻きそして家族妻と娘に対して査察官と間違われるフレスタコフ(ロシア語で大洞ふき)のやりとり、この中には人間の醜悪な部分が全てあるように思う。ゴーゴリの人生感そのものかもしれない。

昭和史 を読んで。

ジャーナリストとしての著者が語る「昭和史」昭和20年天皇の太平洋戦争終結宣言から、GHQの管理下での日本は右往左往し、新憲法作成までの細かなエピソードは今更ながら驚かされる。詔勅から3日後、GHQの為の慰安場所を造ったという話も日本人ならではのものである。昭和27年ポツダム宣言により独立国家として歩み出した日本は、朝鮮特需を踏み台に池田内閣の元で所得倍増を旗頭に驚異的復興を遂げてゆく、戦後の60年の歴史のなかで、図らずも再軍備をせず新憲法を守り抜いた日本人にも良識があったのかはたまた偶然であったのか。私はその二つだと思う。GHQの若手6,7人で原案を作成した新憲法は、天皇の処遇を巡り紆余曲折はあったものの、現在の形になったという。今また「憲法問題」が叫ばれている。また「核」を含めた軍備といつまでたっても懲りない「日本人」という印象である。

月曜日, 11月 13, 2006

クリスマス・キャロル を読んで。

ディケンズの「クリスマス・キャロル」に登場する主人公スクルージは、真面目な守銭奴であるが、ある晩精霊に出会う。自分の子供の頃つまり、過去、現在、未来を見ることになる。19世紀初頭、イギリスの産業革命の中で貧困に喘ぐ工場労働者の実態からヒントを得た作品であろうか。一つの「聖書」ではないかと思う。人間の本当の優しさや幸福はたまた家族の幸福を思わせる。

日曜日, 11月 12, 2006

12番目のカード を読んで。

海外ミステリーである。ジェフリーディーバーの最近のミステリー「12番目のカード」は、最後までワクワクさせる展開の面白さを備え徹夜を強いる作品である。16歳の黒人の女子高校生ジェニーバ・セトルが、図書館兼博物館から資料を探しているところを襲われるところから物語りは始まるが、140年前の先祖の秘密とからめ意外な展開を見せる。元FBI科学捜査警部ライムとその恋人サックスが、犯人を追い詰める。一転二転三転と様々な展開は読者の予想を超える面白さがある、シドニー・シェルダン、ダンブラウンの遙か上を行く展開の面白さを絶賛したい。

海に住む少女 を読んで。

光文社新訳古典文庫の中の1冊である。作者の不遇の生涯が、作品に出ているというか、全編が詩的であり底流に漂う何とも言えぬ孤独・寂寥感に包まれている。動物の擬人化、殺人まで全てがなんでもない日常の中に並列的に横たわる。読み終わって、詩的部分だけが強調されそこはかとないただただ寂寥だけが残る作品であった。

月曜日, 11月 06, 2006

お江戸の意外な「モノ」の値段 を読んで。

江戸時代の9尺2間の裏長屋に住む庶民の身の回りの生活及び雑貨、或いは武家・旗本はたまた参勤交代時の経費等々、実に様々な「モノ」の値段及び費用について解説した面白い本である。1両を現代に換算して8万円から10万円として見ると、ほぼ現代の「モノ」「経費」と合致したものもあるのが不思議であった。今でも東南アジアに見られる屋台が、江戸時代には寿司、そばなどあったがこれが現代にないのは寂しい限りである。

帝国主義論 を読んで。

レーニンの「帝国主義論」を読んで、資本主義が高度に発展した段階、つまり「独占」「金融資本の寡占」「資本の輸出」「領土の分割」これらを「帝国主義」と呼ぶという。これは正に現代の社会と相違することなく19世紀後半から20世紀を等して約1世紀帝国主義は生き延びてきた。そして今や世界の貧富の差は予想以上に広がり我が日本国内においても、「格差社会」と呼ばれる状況が出現しつつある。この体制が続く限り世界の貧困は無くならないのであろうか。帝国主義論のレーニンの言う状況があまりにも現代の状況と合致しているのには、只驚くばかりである。

水曜日, 11月 01, 2006

マルクスだったらこう考える を読んで。

カール・マルクス60年代後半は、正にビートルズとマルクスであった。大学紛争の中で全共闘のメンバーが語るときのバイブル的だった「資本論」はマルクスの代表的著作である。現代をマルクスがもし日本の東京に生きていたらどう考えるだろうか。という疑問から出発しているが最後まで要を得ない解説であり、ガッカリさせらた。高度情報化社会が世界的に蔓延し、貧困が全て無くなったフラットな世界でこそ共産主義社会の出現となる。というようなことは正に夢であり、極楽浄土の世界だ。

Web2.0が面白いほどわかる本 を読んで。

ティム・オライリーが名付け親だという「Web2.0」という言葉の意味をより、具体的に解りやすく解説した良い本である。バーチャルとリアルという言葉から、今やWebとリアルに変化した。グーグルを筆頭とする米国IT産業は世界を席巻しつつある。殊にグーグルは世界規模での人間の様々な行動おもデータベース化しつつある。数十万といわれるサーバー群が世界中に分散し日々Webの世界を巡回し情報をデータベース化しており、今後の米国の覇権が揺るぎないものとなる予感がある。現実の日常からもWebの変化が読み取れる。検索と受信から、検索、受信、発信、共有という概念がWeb2.0の世界そのものだという。現に個人がBlogとして発信している。そして我が分野でも、SI(システムインテグレーション)は、パッケージからつまり「サービス」へと移行するという。来るWeb3.0の世界は、「ユビキタス」の時代となるであろう。人間とWebが、ともに「リアル」なものとなるであろう。

火曜日, 10月 24, 2006

江戸川乱歩全集第15巻 三角館の恐怖 を読んで。

相変わらず、乱歩らしいタッチで物語は進む。「青銅の魔人」と「三角館の恐怖」が収められている。青銅の魔人は少年雑誌の連載として書いた物語である。少年探偵団の小林少年の活躍である。昔の少年時代を思い出さずにはいられない。懐かしいの一言である。三角館の恐怖は、洋物を乱歩流に書き直したものだという。最終章まで犯人が判らないという推理小説の定番的物語である。

金曜日, 10月 20, 2006

ホーキング、宇宙を語る を読んで。

宇宙は、どこから始まり何処へいくのであろうか。この壮大な理論物理学の世界へ望む科学者の理論を紹介しながら、あるいは想像主としての神との対峙を含め解説したこの本は宇宙の壮大無限性と人間の極小性を認識させる。改めてアインシュタインの「相対性理論」が持つ意味が如何に深く理論物理学に係わっているかも認識させられる。統一理論が、著者の言う今世紀20世紀には擁立できなかった。ビッグバンに宇宙の創造を提唱した著者は、今後どのような展開もって統一理論へと結びつけて行こうとしているのか。

木曜日, 10月 19, 2006

江戸川乱歩全集第10巻 大暗室 を読んで。

この巻の中に2編が盛られている。「怪人20面相」と「大暗室」だ。どちらも、中学生の時に読んだ興奮を今にしても覚えるということは、やっぱり面白いからだ。懐かしさと興奮が沸々と湧いてくる。主人公と犯人との知恵と知恵の対決、最後には主人公の正義が勝つという少年雑誌の連載に向けての物語だが、実に良くできていると思う。

月曜日, 10月 16, 2006

江戸のおしゃべり を読んで。

江戸庶民の様々な生活を古川柳を通して見ると良く解る。九尺二間長屋の住人から、町屋、吉原、武家それぞれ庶民の生活が古川柳の中に生きている。江戸庶民の文化の研究は原始文献が少ないという。古川柳に二見る江戸庶民の生活は、現代の我々の生活の中に多くを見ることができる。世に言う、渡鬼、嫁姑の争いも古川柳で言うと「憎い嫁かわゆい孫をやたら産み」となる。

日曜日, 10月 15, 2006

公爵家の相続人 を読んで。

第一次世界大戦終了後つまり、1920年代の英国のカントリーハウス、フューエンフォート家の「ジャスティスホール」大邸宅を舞台にした、ローーリー・キング「シャーロックホームズ愛弟子」シリーズ第6巻である。このシリーズをたまたま本屋に立ち寄り発見した。「ホームズ」のファンとしては、期待を持って読み進めたが、海外作家特有の冗長な背景描写には辟易する。570ページある書の250ページは不要と思われるほどだ。古典的なトリックだが、後半はファンにとってはたまらない展開となりつい、朝方まで読んでしまった。戦争の中で、幾多の命が翻弄され第7代公爵の相続人を巡る血なまぐさい古典的殺人計画をホームズ及びメアリ・ラッセルが謎解きをしていく。メアリーはホームズの妻となって活躍する物語である。

アフターダーク を読んで。

村上春樹の本を初めて読んだ。最新刊らしい。午後11時55分から翌朝午前6時50分まで、時系列に物語が美人を姉に持つマリの行動と高橋というトロンボーンを練習する大学生そして、モーテルに勤めるかおりとサラリーマン白川のそれぞれの行動がこの時間帯の中で動いていく。全ての人間がほぼ病的いや病気である。普通の生活とみられる大都市の闇の中で蠢く人間の行き着く先は結局兄弟愛というか家族というか。観念で捉えられない血の繋がり、肌の感触の中にしか無いのであろうか。

金曜日, 10月 13, 2006

江戸川乱歩全集第7巻 黄金仮面 を読んで。

実に、面白い「黄金仮面」は、仏蘭西のアルセーヌルパンと明智小五郎との対決。また「白髪鬼」は、イギリスの女流作家マリイ・コレルリ「ヴェンディッタ」を乱歩流に書き直したものであるという。この「白髪鬼」の中に人間の復讐心というものが、どこまでも果てしなく深く広がり鬼畜ごときに成り下がるということだろうか。信頼せる人間に裏切られた時の復讐心を持って人間の本質に迫る乱歩にある人間観とは。。しかし面白いとくに、怪奇ものに乱歩の真骨頂があるようだ。