木曜日, 2月 23, 2012


著者の作品は、リンカーン・ライムシリーズは、全て読んでいると思う。今回手に取ったのは、パーカー・キンケイド文書検査士として活躍するシリーズだ。ディーヴァーのプロットを含め、期待に違わない迫真のミステリーは、ヘニング・マンケルと比較しても圧倒的である。ローラコースター的結末はさらに興味深く期待に違わない、これぞディーヴァーだと思わせる内容だ。何故か彼の著作の安心感と期待感の入り混じりつつ読破するのは私だけであろうか?。

月曜日, 2月 20, 2012


スウェーデンの小都市イースタ署の刑事ヴァランダーは、長期休暇中だ。燃え尽き症候群でもないが、刑事を辞職する決意をして署に向かうが、殺人事件が発生する弁護士トーステンソン親子の殺害に遭遇する。しかも休暇中息子のステンより親父の死に疑問を持ちヴァランダーは相談を受けた経緯があった。刑事として情熱が再燃し捜査にあたる刑事は自分の感を信じながら多国籍企業の頭首ハーデルベリに挑む。

火曜日, 2月 14, 2012


平安初期の僧、空海について世に知られる「弘法大師」の思想について著した書である。その代表的三部作を中心に空海の思想を解り易く解説したというが、かなり難解である。大日如来を中心にした世界観というか空海の哲学は他宗派を批判しながらも、生き生きと人生観を感じ空海の広大な世界についてもっと知りたいと思う。

月曜日, 2月 13, 2012


人生の60の還暦を過ぎまさに頂上から下り坂つまり下山途中である。著者は戦後平譲からの引揚者で80にならんとするやはり下山者だ。頂上からの下山は少し余裕ができ高山に咲く花を愛で雲の流れを見る余裕が生まれ、その昔を回顧しノスタルジーに浸り至福の時を過ごせるのが下山者だと。

土曜日, 2月 11, 2012

イースタ署刑事ヴァランダーの必死の追跡捜査にも関わらず、4人を斧での惨殺頭皮を剥がすという凄惨な殺人を繰り返す犯人の行方そして殺された被害者相互の関連は不明のままだ。しかし最後の盗品売買をしていた被害者の家族を尋問し刑事の胸にある疑念が浮かぶ。14歳の少年の犯罪という屈折した親子関係は少年を変え殺人者として成長させる。多くのスウェーデン警察の刑事の登場と複数の殺人事件を絡ませたプロットは、最後に結実し読者をこれ程までに楽しませる警察小説は珍しい。



火曜日, 2月 07, 2012

著者のこの『サトリ」なるミステリーに「シブミ」という原作があり原作を踏襲した形で書くといった面白い企画だ。上巻で様々な登場人物が、また様々なプロットが、一つになって展開し読者を飽きさせない。「犬の力」同様ウィンズローの傑作に値する出来だ。



月曜日, 2月 06, 2012


ヴァランダー刑事の管轄イースタ署管内で元法務大臣の他殺体が発見される。斧で頭を真っ二つに割られ頭の皮が剥ぎ取られるという凄惨な殺人事件だ。さらに2、3人目の同様な事件が発生する。菜の花畑でガソリンで焼身自殺した少女の謎を含めて展開が楽しみだ。

著者の著作は30年も前に読んだ記憶があるが定かでない。久しぶりに禅についての書を読んだが、難解である。究極的に自己を見つめ、全てを剥ぎ取り無垢の心を持って日常生活を送るのが禅的日常であるように理解する。あらゆる慾から解放され自己そのままを実現するのがサトリなのかも知れない。

金曜日, 2月 03, 2012


長年著者は、山口組を取材してきたルポライターだと。日本の暴力団からアメリカ、中国、台湾、イタリア、イギリスと世界の犯罪組織集団の情報まで載っている。また暴力団とは違う東京の繁華街で行動する「半グレ集団」にもスポットを当て、暴力団の行く末を暗示させる。著者は暴力団は「絶滅危惧種」だという。

木曜日, 2月 02, 2012


1950年初頭毛沢東による文化大革命直後の中国は北京が舞台だ。米中関係を懸念する米国側と中国の反体制派による体制派の将軍の暗殺計画が主題だ。米国側に捕虜となった主人公ニコライ・ヘルはスパイとして訓練を受け先に述べた暗殺計画として中国に送り込まれる。ターゲットの将軍に暗殺計画を見透かされ体制派に連行され拷問を受けるが、危うく脱出に成功し将軍を殺害する。だが米国は彼ニコライを殺害しようと企てる。最後まで読ませるサスペンスはさすがだ。

金曜日, 1月 27, 2012

ヴァランダー刑事の必死の捜査により、いよいよ犯人を追いつめ遂に郵便配達代理人のオーケ・ラースタムに行き着く。8人を殺害し、9番目はヴァランダーであった。このミステリーの根底にあるスウェーデン社会の病理、1997年の著作であるが既にこの時社会の病理を突き、最近あった銃の乱射事件による十数人の若者の死という現実は、著者の警告であったのであろうか。パターン化しない、意味を持たない、理由のない、不条理な殺人こそ現代社会が抱える闇だ。



日曜日, 1月 22, 2012


スウェーデンの作家によるミステリーは、「ミネニアム」に続く2冊目だ。ヴァランダー刑事が活躍するミステリーだがかなり読み応えのある長編小説だ。3人の若者が自然保護地区の公園でパーティを開きその場で殺害され、さらに同僚の刑事スベードヴェリもまた殺害される。事件は次から次へと展開し事態は悪化し捜査班は右往左往し行き詰まる状況だ。ヴァランダー刑事の必死の捜査にもかかわらず、さらに犠牲者が増えてゆく。

著者の書は「ゴールデンスランパー」に次ぐ2冊目だ。大学生4人が繰り広げる東北は仙台が舞台の日常の中で起こりうる事件を主題に登場人物の心理描写を中心にしたミステリとはちょっと違う面白さがある。

木曜日, 1月 19, 2012


「ジェノサイド」に続く、日本人作家の意外なファンタジーを織り交ぜたミステリーで秀逸だ。ロンドンから少し離れ北海に面して浮かぶソロン島が舞台だ。島を統治するエイルウィン家の頭首が何者かに殺戮される。12世紀の雰囲気が随所に感じられ、面白い。魔術を使う暗殺騎士団デーン人の襲来と戦うソロン島を守る騎士団、変遷騎士としてエイルウィン家に雇われる個性溢れる戦士達との壮絶な戦いは、読んでいて情景が鮮やかに浮かぶ。最後まで頭首を殺戮した犯人が解らないというプロットも上手い。

日曜日, 1月 15, 2012

著者は、ミュンヘン生まれの高名な弁護士で扱った事件について「犯罪」として小説として纏めた感がある。短編集ながら特異な事件を扱ったミステリーは面白く一気読みといった本であった。



土曜日, 1月 14, 2012

以前写楽は誰だったか?を小説にした書を読んだが、本書は美術史家、研究者の写楽=北斎節を唱える学者のものである。近年斎藤十郎兵衛が、写楽だとする説が跋扈していることに警鐘を鳴らす著者の怒りの書である。矛先はNHKの番組批評から登場する学者まで一蓮托生として批判する。世界に冠たる日本の絵画としての写楽絵の研究が進み。写楽が誰だったか?が解明される時が来るかもしれない。いずれにしても興味が尽きない題材だ。



水曜日, 1月 11, 2012

米国は地方都市の刑事カーソンが、ある日上司よりニューヨーク市警に行く命令が下る。そこで待っていたのは、サイコ的連続殺人事件だ。女性をターゲットに無残な殺戮者犯人の捜査だ。理論的計算されたプロットは、J・ディーヴァーとは違った魅力を持った作家だ。登場人物そして複雑に交錯する物語の展開とスリルはまさにこれぞミステリーだと思う作品だ。



日曜日, 1月 01, 2012

松村寧雄著「マンダラ思考で夢は必ずかなう!」を読んで。

昨年暮れ「MANDART」に出会ったが、その開発した著者の手帳についてつまりマンダラ手帳の進めを書いた本である。やはりマンダラとは仏教でいう曼荼羅であった。3×3の9マス思考の中心にあるのは、密教の曼荼羅絵図と同様なものであった。著者は仏教の考え方や世界観・宇宙観を持って思考し、人生を豊かにすることができないかを考えマンダラートを考案したようだ。この曼荼羅の思考は、発想や情報の整理に役立つと思うが取り分け発想の整理という意味で自分にとって有意義だと思う。

D・Mディヴァイン著「三本の緑の小壜」を読んで。

英国人ミステリー作家である著者の書は初めてだ。英国の田舎町で連続殺人事件が発生する。登場人物の心理描写を中心に事件を追う青年医師、医師を取り巻く人物をもその心理描写は細かい。最終頁まで、読者を導くプロットはそれなりだが、少し退屈気味になる。そして結末は、あっけなく幕を閉じる。2012本格ミステリーベスト第一位と言われた本書は、私の中では今一の感が否めない。

木曜日, 12月 29, 2011

東川篤哉著「謎解きはディナーのあとで」を読んで。

2011年本屋大賞第1位ということで、店頭で手に取った。ジーヴスを思い起こさせる有能な執事影山と現職国立署の警部である宝生麗子そして署の上司である風祭警部と登場人物こそ少ないものの、プロットの面白さや気軽さが丁度良い加減だ。こんなミステリを書ける著者がいたんだと思う。

加籐昌治著「考具」を読んで。

大手広告代理店に勤務の経験がある著者は、毎日がアイデアとの格闘。そんな経験を「考具」としてつまり考えアイデアを出し続けるツールを紹介した本書は、興味深くこの書の中で、マンダラートに出会えた。3×3の9マスから連鎖してアイデア書き込みするツールは、全てのテーマの発想を支える重要なツールとして使えそうだ。かつiPAD用にアプリが購入できるのも嬉しい。

月曜日, 11月 21, 2011

W・アイザックストーン著「スティーブ・ジョブズ」Ⅰ巻を読んで。

波乱万丈の人生の一語はこのジョブズの為にあるのか?と思える。ガレージからアップル社創設アップルコンピュータからマックを作りその後追放を受けNeXT社創立へさらにアニメーション作成会社ピクサーでのトイストーリーの爆発的ヒットと新しいものを創造する情熱は、自分の人生がそれほど永くないと感じていたからかもしれない。ジョブズの人生は、養子となった境遇がトラウマとなり彼の駆け抜けた人生の背後に常にあった。しかし養父ポールとのガレージでの自動車の部品を買い集め中古車を解体組み立てする作業は、後年ジョブズにかなりの影響を与えたと思える。彼は後年離婚した妻がかたったように一種の精神障害者だったようだ。伝記を読むと感情の起伏が激しく陶酔・倒錯を繰り返し新しいものの創造へと突き進む非凡な才能はまさに天才児ジョブズそのものだ。若いころヒッピーから日本の仏教禅との出会いインドを旅行したりした。禅に傾倒しそこから単純で美しいもの魅せられた東洋思想は、ジョブズの一貫した物つくりに生かされている。シンプルで美しいMacやiPHONE,、iPOD、iPADを生み今私たちがそれらを使える。

月曜日, 11月 07, 2011

P・Gウッドハウス「ジーヴスと恋の季節」を読んで。

ウッドハウスのジーヴスシリーズは、過去3冊読んでいる。今回は、4冊目の「恋の季節」だ。展開は複雑だが、相変わらずジーヴスの軽快な頭脳は健在だ。ユーモア小説の再高峰とされるウッドハウスが1940年代後半つまり戦後著した由。英米国ともに、ウッドハウス協会なるものがあるとは面白い。

水曜日, 10月 26, 2011

猪木武徳著「戦後世界経済史」を読んで。

1900年代を中心とした世界各国の経済史だ。米欧からアジア、ロシア、アフリカと実に幅広く書かれている。資本主義の発展の過程やら社会主義経済の行き詰まり過程、経済と政治等々。巻末の参考文献を見ただけでも納得できる範囲の広さにはただ驚嘆するばかりだ。新書本にしては、読み応えたっぷりの書だ。

月曜日, 10月 10, 2011

ジャック・アタリ著「21世紀の歴史」を読んで。

歴史の推移を都市を中心として分析するというブルージュ、ヴェネツィアからロスアンジェルスまで9つの都市の変遷による分析は新しく衝撃的だ。著者はフランス大統領補佐官として活躍しまた現在もサルコジ政権にも深く関わっているという。哲学者、社会学者、文学者とその多才な才能は世界が認める。2006年本書が出版され、既に幾多の世界の象徴的出来事を予測するというまさに未来学者だ。21世紀この混沌とした世界の歴史を予測する事は非常に困難だ、著者は本書で我が日本についても分析している。労働人口の急速な減少、増加する債務、北朝鮮の核弾頭の脅威、中国の軍備の増強、韓国の経済的台頭と2025年日本の経済力は世界5位からも転落しかねないという辛辣なものだ。貧困、暴力、テロ、宗教対立、資源を巡る戦争と絶望に向かって進む世界は、果たして救われるのだろうか?アタリは、利他主義を実践するトランスヒューマンこそ世界を救うと考えている。マイクロソフトゲイツ会長とその妻の財団や、著者もそであるが、バングラデシュのマイクロファイナンスを実践するユヌス氏ら21世紀の世界は決して諦めたものでもないと。
 

水曜日, 10月 05, 2011

フリーマントル著「消されかけた男」を読んで。

エスピオナージュと呼ばれる推理小説の分野つまり007に代表されるスパイ物推理小説だ。主人公チャーリーは英国情報部員だ。功績を揚げたにも拘わらず評価されずにいるウダツのあがらない地位に甘んじた生活を送っている。旧ソ連KGBの大物幹部が西側への亡命という話が持ち上がり、米国CIAと共同で亡命を成功させるべく画策するが、この機会に乗じてチャーリーはまんまと逆転攻勢を仕掛け成功し5万ドルもの大金を手中にし余生を妻とともに・・・。何故か仄々とするスパイ小説だ。

月曜日, 9月 26, 2011

「筑波大学博士が考えたゴルフ理論」を読んで。

コンバインドゴルフ理論というこのゴルフ理論は、段階的にスウィングをチェックできるというものだ。組み合わせた体の動き、それは腕の上下垂直動作つまりバックスウィングからトップへさらにダウンへの動きで、次に体の捻転という基本的な動きを組み合わせるのがコンバインドだと。実際にボールを打ってみると垂直から捻転の微妙な速さの一致が難しい。さて現場での成果は如何に?

土曜日, 9月 17, 2011

斎藤孝著「コミュニケーション力」を読んで。

コミュニケーション力を向上させる様々な方法論を展開させる。メモを取る事からグループでの討論や会議でのコミュニケーション力を向上させる方法と凡ゆる方法を通して、人間が生きてゆく上で必要な基本的な能力つまり話す、聞くを様々な角度から考察していく。コミュニケーション力とは、生命の源流で、人は感情や意思を他と交流させることで人であり続けられる。そしてどんな状態でも、どんな相手とでも、コミュニケーションは可能だと。

月曜日, 9月 05, 2011

高野和明著「6時間後に君は死ぬ」を読んで。

原田美緒が生活の中で起こる人間関係、希望や絶望感を山葉圭史なる大学院生が持つ既視感(デジャ・ビュ)つまり近未来のビジョンを見ることができる超心理学の分野その能力で持って美緒の近未来を透視する。果たして、その運命を変えることができるのか?この本は江戸川乱歩的雰囲気を持つ。

土曜日, 9月 03, 2011

ハリー・クレッシング著「料理人」を読んで。

とある田舎町想像するに英国の田舎町コブに一人の男が、自転車でやって来た。そこの巨大に聳える古い城プロミネンス城だ。その男コンラッドが、田舎町を二分する一方のハル家の料理人となった。コンラッドが料理を通して、ハル家敵対するヴェイル家さらにコブの町からシティーまでを牛耳ってしまうという物語だ。人間の食に対する飽くなき欲をこうも見事に描き物語としても面白い。

池上彰著「池上彰の宗教がわかれば世界が見える」を読んで

毎度テレビでお馴染みの著者の作品を読むのは、今回初めてである。世界には、様々な宗教がある。宗教間の対立による戦争、宗教弾圧と歴史が示す宗教とは、また現代の私達にとって宗教とは?キリスト教、仏教、イスラム教、多神教と対談形式で素朴な疑問を識者に問う。最終章で養老孟司氏との対談で、氏は「結局死を考えることは、どう生きるか」に繋がると。

金曜日, 8月 26, 2011

伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」を読んで。

著者の作品は、2冊目だ。「グラスホッパー」は、面白かった。今度の「ゴールデンスランバー」は、文庫本で600ページを超える長編だ。冗長さはあるものの、読者をして最後のページまで繰る不思議な魅力がある。東北は仙台市街地で、日本の首相がラジコンヘリに仕掛けられた爆弾で死亡し、犯人として追われる青年が、警察から市街地を逃げ回る設定だ。

水曜日, 8月 17, 2011

ジェイソン・グッドウィン著「インスタンブールの群狼」を読んで。

内容はまあまあだが、兎に角読みづらい和訳でまいった、その上600ページにのぼる長編だ。内容は19世紀の初頭のトルコはイスタンブール市街に於ける新旧勢力の争いの中で発生する殺人事件を追って主人公ヤシムが活躍するミステリーだ。そういえばトルコに旅行に行った友達が聞いたことがあるが、非常に日本人に対して親切で優遇されると。1890年明治政府の元へ派遣された軍艦が沈没しその際親切に対応した山田寅次郎なる茶道の家元が面倒みたことを感謝するトルコ国民の歴史的背景があるとは気付かなかった。
西欧とアジアの接点として歴史的都市としてのイスタンブールを一度は訪問してみたい。

夏川草介著「神様のカルテ」を読んで。

信州は松本市の本庄病院に勤務する医師である栗本一止が主人公だ。栗本とその妻有名なな写真家とアパートい住む友人達とのエピソードを交え物語は展開してゆく。この本の中で現代の医師なかんずく終末医療に立ち向かう医師の心温まるエピソートには感涙だ。こんな医師がいてくれたらと思う。

火曜日, 8月 09, 2011

高野和明著「ジェノサイド」を読んで。

近くの書店で手に取ったこの本は、590ページにも及ぶ長編推理小説である。読み進めていくうちに、内容の豊富さと面白さからページを繰る手が止まらなくなった。スケールの大きさといい、プロットの出来、サスペンスを超えた人類愛と平和さらに善と悪をテーマにした傑出した小説だ。こんな面白いものが、日本人に書けるのかと問うくらい個人的に上半期ベスト1お勧め度★★★★★だ。

月曜日, 8月 01, 2011

クリスティン・ゴフ著「違いのわかる渡り鳥」を読んだ。

バードウォッチング・ミステリーシリーズの第二弾女主人公でホテル経営者のラークが、バードウォッチングの最中に友人の殺人を望遠鏡で確認する。カフェを共同経営者のエスターが殺害された。このミステリーに登場する野鳥の数々とバードウォッチングそしてコーヒー豆の輸入先メキシコの栽培農家の窮状と幅広い視点で自然保護を随所に鏤めながら物語は展開し最終章まで殺人犯が、解らないと言った面白さがある。

金曜日, 7月 29, 2011

秦野るり子著「バチカン」を読んで。

世界最小の独立国家「バチカン市国」は、カトリックの天王山ローマ教皇(法王)により全世界のカトリックの教会・団体を束ねる。人口は600人にも満たないが、教皇を国家元首として国旗・国歌・コイン・切手を持つ。著者は記者であるが、バチカンの歴史から現代のバチカンが抱える諸問題まで解りやすく解説して、バチカンを訪問してみたいという気にさせる解説本だ。

水曜日, 7月 27, 2011

ミネット・ウォルターズ著「女彫刻家」を読んで。

舞台は、ロンドンの郊外サウサンプトン、マーティン家で起きた惨殺事件について本を書こうとする主人公ロザリンド・リーは、弁護士である。オリーブが、母と妹を惨殺する。自白を元に逮捕服役中の彼女に接見しながら状況の調査に乗り出し、結果オリーブが犯人でないと確信を得る。サイコ調でもなくロマンスミステリーでもなく、適当に楽しめる推理小説だ。

水曜日, 7月 06, 2011

マーク・ピーターセン著「日本人の英語」を読んで。

前置詞や不定冠詞と単数と複数、時制、完了形、受動態とどれも日本人が英語を書くときに迷うつまり使い方が解らない英文法の問題である。著者は日本文学を研究し日本に住むネイティブアメリカン、大学教授である。この本で本当に目から鱗的衝撃でした。英語での論理的思考から英文法を説明という経験したことのない体験をした次第だ。

日曜日, 6月 26, 2011

ライフ・エキスパート編「頭がいいゴルファー悪いゴルファー」を読んで。

ゴルフに対する蘊蓄が随所に書かれ、身につまされる。本書は、初心者の時、読みたかったと思う。30年もゴルフ歴がある私が読んでも、ゴルファーの心理は、あるいはコースマネージメントをできないモドカシサがある。つまり、1番ティーに立ってもゴルフの頭になかなかなれないというのが、モドカシサだ。ゴルフは難しい、アマチュアにとってもプロにとっても完成つまり到達点というものがない。ある建築家デザイナーが、ゴルフは美だという裏にはこのようなものがあるのであろうか。

櫻井よしこ著「異形の大国 中国」読んで。

巨大中華帝国の野望を目論む中国は、海洋及び宇宙軍事大国へと急速に軍事力を拡大し制海及び制空権を握ろうと共産党一党独裁政権下で軍事費を拡大し続けている。2008年に出版された本書は、現状を再認識させる事件が今現在も起きている。東シナ海における領海を巡るベトナムとの緊張、尖閣諸島沖の海底油田開発を巡る日本との緊張と枚挙にことかかない。日本人の歴史と文化を守り、戦略的防衛を基軸に外交政治また国内では憲法九条の改正へと著者は進言する。

水曜日, 6月 15, 2011

薮中三十二著「国家の命運」を読んで。

著者の記憶は、小泉首相が北朝鮮訪問の際の外務省での交渉役のため、成田空港から出発する姿をテレビのニュース番組で拝見したことによる。外交交渉の裏側の担当者の苦悩がわかり面白く読んだ。地政学的にも日本を取り巻く北はロシアそして日本海での韓国、南シナ海での中国と領海を巡る交渉も興味深い。問題山積の中でも少子高齢化は深刻で、この現状を打破する提言として、外国人の大幅な受け入れを説く。

日曜日, 6月 05, 2011

渡部昇一著「知的余生の方法」を読んで。

幅広いジャンルから、知的余生を送る或いは死を迎える準備をする方法を提案していて面白く読んだ。60歳を過ぎると仏教を始めとする宗教関係に興味を持つ、これは自然な成り行きらしいい。著者も言うように「この先の人生、そしてまたその先にある死を、見据えて生きていかざるを得ないのがシニアの世代だ。」。シニア世代の友達つきあいについて、面白い記述があった。3つの条件があるという1つは思想及び信条が違うと駄目だ。2つめは、やはり経済的に同じレベルに無ければ駄目だ。3つめは、知的レベルがあまりのも違うと駄目だ。シニア世代の友達付き合いはやはり難しいと自分でも思う。

月曜日, 5月 23, 2011

藻谷浩介著「デフレの正体」を読んで。

著者の講演記録を1冊に纏めた新書版だ。デフレスパイラルからの脱却を何度TVで経済の専門家が景気浮揚に伴う税収の増加による解決を唱えたのを聞いたことか。著者によるとその根源は、生産年齢の減少と急激にすすむ団塊世代の高齢化にあると。また高付加価値を生む産業は、ロボットが作り出す自動車産業ではなくて、サービス産業であると中でも観光客誘致は費用対効果の面からも高付加価値を生む社会に大きく還元効果が期待できると説く。女性の現在45%の就業率を上げ、観光客を誘致し後期高齢者の富裕層からは生前贈与など税制で若者への資金譲渡の推進、世代間の相互福祉などアイデアが様々だがかなり実現可能なビジョンではないかと思うが。

水曜日, 5月 18, 2011

中嶋茂夫著「iPhone+ipad×Googleでビジネスを加速する方法」を読んで。

2月下旬から3月上旬にマレーシアはコタキナバルへ旅行に行ったが、羽田でモバイルルーターを借りた。勿論iPad+iPhoneを持っていく為だ。現地では快適にiPad+iPhoneが使用できた。レストランの検索から、地図での場所・距離の確認等に重宝した次第だ。本書は、パソコンからiPhone+iPadをGoogleと如何に連携しビジネスに応用するかを書いているが、初心者には難しい内容かも知れない。クラウドの雄Googleの提供するAPPSを使えば通常ビジネスに困ることは無い。しかし、出張時にノートPCそしてDocomo携帯、iPhone+iPadそしてモバイルルーターと持ち歩くのは、正直難儀だ。

火曜日, 5月 17, 2011

J・C・コリンズ著「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」を読んで。

前回に引き続き2作目を読破、2001年に紹介されたこの書は少しも陳腐化されてなく企業の飛躍の核心を見事に抉り出していると思われる。平凡な企業、あるいは倒産の危機的状況、敵対的買収の脅威から飛躍を遂げた企業の原動力とは何か?選別した実際に飛躍した企業とならなかった比較対象企業との差は何なのか?そこにあったのは単純なもっとも基本的なものを情熱を持って数年あるいは数十年の小さな努力の結果であったという単純な理由であった。しかし重要なのは、三つの円が交差する部分を外さない曲げない執拗な努力であると、1つの円は情熱を持って取り組めるかの円、2つめは経済的原動力になるかの円、3つめは自社が世界一になれる部分かの円この円が交差する事業部門を徹底的に議論しその範囲から逸脱しまい経営戦略を長期に渡り継続する努力が、偉大な飛躍となって結果を齎すという。

火曜日, 5月 10, 2011

ジェームス・C・コリンズ/ジェリー・I・ポラス著「ビジョナリーカンパニー」を読んで。

まず、この書でいうところの「ジジョナリーカンパニー」の定義はというと、ビジョンを持っている企業、未来志向の企業、先見的企業だと。この書で過去から現在に至るビジョナリーカンパニーを取り上げ、その企業の分野での対抗する企業との比較を試みている。IBM、SONY、HP、P&Gなどの所謂優良企業をビジョナリーカンパニーとし分析を試みている。共通しているのは、確固たる基本理念(基本的価値観+目的)を掲げているということだ。カリスマ的創業者でなく、血と汗によって実証され数十年あるいは百年たってもなお生き続ける会社という組織の理念と定義する。基本理念同様もう一つ重要な概念がBHAG(ビーハグ)と呼ぶ、単なる目標でなく大胆な社運を賭けた目標が設定されているかどうかだと。
いずれにしても、人間はあるいは従業員は業務上の自主性を要求しながら、同時に自分たちの関係している組織が、何かの目的を持って前進するよう求めていると著者は結んでいる。

日曜日, 5月 08, 2011

ドストエフスキー著「カラマーゾフの兄弟」下巻を読んで。

2月下旬以来、「急性白内障」ということで本が全く読めなくなってしまいました。白内障とは、良く言ったもので、全て目に映る映像が白く靄の中に霞んでみえる。パソコンの画面を拡大文字にして読むのが精一杯だ。まして本など全く読む意欲が無くなってしまう。そんな訳で、途中で表題の小説についても放棄し、4月下旬手術後本日読破した次第。ドミートリーは、父親殺しの罪で敗訴、弟イワンは病気で床に伏した。アレクセイは、少年の葬儀に出席し帰途、仲間の少年たちに語った言葉は作者の未来への希望と思想の根底にあるものではないかと思う。

月曜日, 3月 07, 2011

コタキナバルへ

マレーシア領ボルネオ島の北西に位置するサバ州の州都であるコタキナバル(KK)は、タクシーの運ちゃんに聴いたところ人口は、20万人だという。3年前に訪問した時と違い空港は拡張され随分ときれいになっていた。相変わらず4000mを超えるキナバル山はその雄姿を見せていた。今回もステラハーバーホテル(マジェランステラ)に宿泊、何故ここかというとホテル併設のゴルフ場が予約を取りやすく、料金も宿泊者は安い。日本円でキャディー・カート込みで9千円ほど。ゴルフの他に観光といえば、サピ島へ船で30分くらいの浜辺でBBQで昼食、ホテルからタクシーで街中まで15分足らず、12RM(リンギット)で約350円ほどだ。4回目となった今回は、和食ということでハイアットの1Fの和食の店で、熱燗を飲む。まあまあといったところ。他には、ブラスモンキーカフェアンドバーで、ステーキにロブスターを。このロブスターが絶品だ。4人で15000円ほど。日本から見れば、相当安い。羽田からの深夜便ビジネスクラスで、翌朝現地へ朝6時到着、近くて便利でリゾート気分を満喫できる私のお気に入りの場所だ。

水曜日, 2月 09, 2011

ドストエフスキー 著「カラマーゾフの兄弟」中巻を読んで。

第二部の後半から第三部の始めにかけてが中巻だ。ゾシマ長老が、遂に旅だった。皆が期待した奇跡は、起こらないばかりか長老の遺体は腐臭を放ち、人々を限りなく落胆させるに至った。そして、ミーシャは、恋慕するグルーシェニカを巡り対立する親父ヒョードルを手に掛けた。ミーシャの殺人に至る心理描写は、「罪と罰」でも展開された迫力あるのだ。この巻で、兄弟3人の性格がほぼ判ることになる。無神論主義者のイワン、神を至上とするアリョーシャそして、自己の欲のために殺人まで犯すミーシャと三人三様の結末は如何に?

水曜日, 1月 19, 2011

奥泉光著「シューマンの指」を読んで。

元来ジャズ派の私にとって、クラシックしかもシューマンというのは新鮮でこれがミステリーとして、どのように係わってくるのか期待を込めて読み進めた。シューマンに傾倒する永峰修人なる天才ピアニストを巡る回想形式で進む。ある日の夜ふとしたことから学校の音楽室に立ち寄り修人のピアノを聴く、そして殺人事件に出会す岡沢美枝子なる女子高校生の遺体がプールに浮かんだ。殺人を巡るプロットが可成り遠回りな感があり、最後になって急速な展開に発展する。つまり「どんでん返し」だ。中間章での盛り上がりが欲しいところだ。しかし私には著者の文体は好きだ。

水曜日, 1月 12, 2011

ドストエフスキー著「カラマーゾフの兄弟」上巻を読んで.

文庫本で1500ページを超える大作である。上巻は、ロシアの片田舎に住むヒョードルと3人の息子の紹介だ。主人公アリョーシャは、この地の修道院のゾシマ長老を尊敬する。見習い僧である。やはり、テーマは「神」についてだと思う。二男イワンは、現実主義者で無神論者である。後半部分でモスクワに帰るというイワンが作った叙事詩について弟とアリョーシャと語る部分は、キリストの絶対神として人類を救うことができるか?という永遠のテーマに思う。

火曜日, 1月 11, 2011

デイヴィッド・ベニオフ著「卵をめぐる祖父の戦争」を読んで。

1940年代第二次大戦中のヒトラー率いるドイツ軍のソ連侵攻、レニングラード(サンクトペルブルク)包囲線の中で、レフとコーリャの二人が織り成す「卵」探しの珍道中だ。戦火の中卵を探して進む二人の見た戦争とは、人として人間を否定し尽くし、残酷で無残な殺戮と飢餓と滑稽さしか持たないものだった。物語のプロットは、ミステリーとは言えない。戦争とはこういう悲惨さを思い知らせ、この状況中でも生き続ける人間の生を対局して描いた文学作品だと思う。戦争、友情、恋情と全てがセットされている。

木曜日, 1月 06, 2011

加藤廣著「信長の棺」下巻を読んで。

いよいよ、この巻で稀代の英傑織田信長の遺骸が発見されるかとページを繰りつつ。本能寺に近い阿弥陀寺から本能寺まで秘密のトンネルがあったという。信長、蘭丸他2名が光秀襲撃の後このトンネルに逃げ込んだが、秀吉の策略でトンネル内に壁が作られ、図らずも信長は阿弥陀寺に到達できないまま壁の前で命を失った。その遺骸を清玉上人が阿弥陀寺に引取、後日明智左馬助と相談し無縁墓地に幾多の死人の下深く埋葬し秀吉の執拗な遺骸の探索を振り切ったというくだりだ。

月曜日, 1月 03, 2011

加藤廣著「信長の棺」上巻を読んで。

2011年最初の一冊は、表題の作品である。今年の正月は、穏やかな天候にも恵まれ静かな正月である。さて著者の作品は始めてである。最近歴史ミステリーが、面白い。昨年読んだ写楽のミステリーは最高だ。今回本能寺の変にて明智光秀に奇襲を受け殺害された信長について、家臣である大田牛一なる主人公が、日々信長に使え度々記した日記を元に「信長記」書くにあたり、調査する中で信長の遺骸が見つかっていない謎に迫るという設定だ。光秀が乱を決起する前、公家の近衛前久(さきひさ)と茶屋四郎次郎邸にて頻繁に会っていて、前久が光秀に決起を促したとするくだりや桶狭間での今川軍を討伐した際の木下藤吉郎(後の秀吉)の働きについて、すでに家康との合意の下に行われたという説など面白い記述があり歴史の裏側に思いを馳せることができる。信長亡き後、九州征伐に西軍していた秀吉が、急遽駆けつけ光秀を討つくだりは、やはり事前に家康との裏取引があったという面白い説だ。時代は秀吉一色に染まってゆく。

水曜日, 12月 29, 2010

伊坂幸太郎著「グラスホッパー」を読んで。

読後の感想から言えば、「実に面白い」と思う。著者の書は、これが初めてである。村上春樹に通ずる底流で蠢く人間の性(さが)が不条理性を伴い流れている。鯨と称する自殺屋という殺し屋が愛読するのはドストエフスキーの「罪と罰」であることもおもしろい。鯨が言う「人は誰でも死にたがる。」と。主人公の鈴木は、殺し屋とやくざの集団に囲まれ翻弄される。殺人ゲームの真っただ中に突き落とされ、右往左往しながら生きながらえる。最終頁まで読ませる力をこのミステリーは持っている。

永井義男著「江戸の下半身事情」を読んで。

数々の江戸の庶民や武士の生活事情を読んできたが、今回は下半身事情だ。性風俗に対する江戸庶民は、あっけらかんとして野放図であったという。葬式の帰り塩で清めその足で女郎買いに出かけるといった話が載っている。
公共の売春宿である吉原を筆頭に岡場所などまた主要街道沿いには必ずあったと言われる。東海道品川宿を始め甲州街道内藤新宿、日光街道千住板橋宿といった場所である。岡場所や飯盛茶屋さらに夜鷹と江戸庶民の性の捌け口は現代にも勝るものがある。時代を超えて、人間の本性は変わらないと思う。

土曜日, 12月 25, 2010

梓崎優著「叫びと祈り」を読んで。

2010年週刊文春ミステリーベストテンの内弟2位とあり、手に取った。勿論著者の本はこれが始めてである。5つの短編の構成なのだが、その一つひとつがつまり構成する短編の舞台がバラエティーに富んでいる。アフリカはサハラ砂漠を舞台の殺人、オランダ、ロシア、ブラジルのジャングルといったステージは、これまでの日本のミステリー作家にない未知の可能性を秘めた作家であると思う。

貴志祐介著「悪の教典」下巻を読んで。

いよいよ蓮見教諭の過去の全貌が明らかにされる。そして文化祭を控え一泊で準備のため校内に宿泊するその日、サイコ教諭蓮見の連続殺人事件の幕が切って落とされる四十数人つまり参加している生徒全員を皆殺しにするといった殺人計画が、次々と実行される。散弾銃を手にした蓮見の容赦ない殺人が、至近距離から頭をぶち抜かれて次々に倒れてゆく生徒の悲惨な姿が、地で埋められてゆく校内の様子が克明に描写される。何故か海外ミステリーを読んでいるような容赦ない無差別な殺人は、日本のこれまで読んだミステリーには無い特異なプロットには、正直驚かされた。

貴志祐介著「悪の教典」上巻を読んで。

読み始めて、学園ドラマの単純なミステリーかと思った。町田のとある私立高校で起こる連続殺人事件その中心にいる蓮見教諭、彼を中心とした他の教師そして生徒見境の無い殺人は、読者を震撼させグイグイと引き込む力を持つ。蓮見教諭の得意な生い立ちが、徐々にベールが剥がされる。なんと父母をも殺すというサイコ教師だ。

火曜日, 12月 21, 2010

島田荘司著「写楽 閉じた国の幻」を読んで。

著者の書はこれが、初めてである。この「写楽」長編である。700ページに近い。しかし読み進めてゆく内に歴史の謎を推理するといった途方もない計画であることが判る。江戸末期東洲斎写楽が描いたとされる歌舞伎役者絵は、歌麿ほか当代の名絵師が描いた作品とどこか異なったつまり違和感がある。デフォルメされた顔と鼻や眼の造作は、既に日本人の筆を圧倒している。忽然と姿を消した写楽の謎を追い詰めてゆくこの書は実に面白い本年度のベスト5に入るものだ。

火曜日, 12月 07, 2010

的場昭弘著「超訳「資本論」」を読んで。

北海道は、札幌すすきのは今雪が降っている。関東から来ると非常に寒い。著者は大学教授でマルクス研究家だ。NHKの再放送で「一週間 de 資本論」という番組に出演されていた。30年も前に資本論を読もうとして、挫折した覚えがある。今また資本論を読もうとしている人が多いとか?。貧富の差が激しくワーキングプアーと言われる階層の出現は、マルクスが資本論を書いた時代と似ているかも知れないという。勿論この本は資本論の入門書である。2500ページにも及ぶ大著を新書版で紹介しているという位置づけだ。マルクスは資本主義社会を科学的に分析とされる天才だ。彼は、商品を分析しその中に含まれる労働価値の二重性に着目し貨幣が生まれる歴史的価値というか必然性を説明する。そして資本の分析へと労働力を売るしかない労働者、労働力の価値を最大限利用すべく生産手段を投入する資本家この対立関係は、古来から現代に至る資本主義社会の歴史の中で普遍の対極だ。世界はグローバリゼーションにより、世界的工場形態とも言える大企業が出現している。安い労働力を求めてアジア、アフリカへと。搾取、収奪の上でのみ生ける資本の論理は今も脈々と生き継がれている。
今資本論を手に取るとすれば、現代に生ける我々の社会が、何処へ行こうとしているのか?マルクスだったら
どう考えるかを読みたいと思う。

月曜日, 11月 29, 2010

トニー・ケンリック著「三人のイカれる男」を読んで。

1974年の原作だ。精神病院に通院する3人が巻き起こすドタバタ劇、だが決して憎めない男たちが、ある日通院途中でニューヨークの通りで陥没した道路の穴に乗っていた乗用車を突っ込み大破させる。怒り心頭の3人は、ニューヨーク市長への復讐心に燃える。ここから後半まで一気に読ませる面白さを本書は持っている。プロットの巧みさは圧巻だ。

金曜日, 11月 26, 2010

ジェフリー・ディーバー著「ロードサイド・クロス」を読んで。

著者の本は、これまでほぼ全て読破している。今回は、リンカーン・ライム&アメリア・サックスシリーズではなく、米カリフォルニア州の特別捜査官であり、キネシスクの専門家であるキャサリン・ダンスシリーズ、「スリーピング・ドール」からの二作目だ。期待どおりのローラコースター的結末といい、ディーバーの真骨頂的作品として仕上がっていると思う。舞台は、カリフォルニア州モントレー、ゴルフ好きにはタマラナイ世界屈指の名ゴルフリンクスそうペブルビーチほかゴルフの聖地だ。交通事故を切っ掛けに連続殺人事件が発生し、ターゲットとなった高校生でネットゲーマーオタクと地元でブログを運営する有名人、まさにコンピュータネットワークをテーマで発生する殺人事件の捜査をダンスがキネシスクを駆使して犯人を追い詰める。事件は意外な結末へと向かう。

金曜日, 11月 19, 2010

五木寛之著「歎異抄の謎」を読んで。

仏教から浄土真宗、法然、親鸞そして蓮如と著者が数年に渡り研究し続け何度も読んだという親鸞の随門を記した唯円の著作だ。第1章から18章までの短い著作の中にある親鸞の信仰哲学が書かれている。著者の現代訳の後章に、原文が掲載されていて「歎異抄」を読む好著だと思う。

木曜日, 11月 18, 2010

ディーン・R・クーンツ著「殺人プログラミング」を読んで。

閾下という知覚制御というか、マインドコントロールをする薬剤を開発した3人と休暇で訪れたブラック・リバーという小さな町を舞台に展開するサスペンスだ。人間の無意識下にある意識をコントロールするという旧ドイツナチスが、行ったといわれる。映画・広告にもこの手法が使われていると。コンピュータ社会到来を告げる1970年代に発表された本書だが、今でも説得力があり面白く読んだ。

火曜日, 11月 09, 2010

五木寛之著「他力」を読んで。

本書は、エッセーを纏めたものである。テーマ・アジェンダは、現代社会と宗教、人生色々と言ったところだ。中でも、著者お気に入り親鸞の正統的伝承者である、蓮如についての記述が多い。親鸞が哲学的理論派とすれば、まさに現代で問われている実践派を行くのが蓮如だと。日本の宗教家が、現代社会の様々な説明できない事象例えば、酒鬼薔薇少年事件やオーム真理教地下鉄サリン事件、そして年間3万人を超える自殺者この現代社会の暗部・恥部をどう説明するのか?著者は問う。

金曜日, 10月 29, 2010

ドン・ウィンズロウ「高く孤独な道を行け」を読んで。

ストリートキッズから3作目にあたる本書は、やはりニール・ケアリー青年探偵が活躍するミステリーだ。前作は、中国は四川省を舞台だったが、米国に戻り場所はカリフォルニアだ。幼児誘拐事件とその奪還依頼を受けた組織が、中国でのミッションを終え休暇中のケアリーに命がくだる。ユダヤ排斥、キリスト教同一同盟とのネバダの峡谷で繰り広げる死闘を交え、シリーズの味を存分に楽しめる。

水曜日, 10月 13, 2010

ドン・ウィンズロウ著「仏陀の鏡への道」を読んで。

文庫本で、600ページにも及ぶ長編推理小説である。著者の「ストリート・キッズ」処女作から2作目の物語である。一作目と同様主人公で私立探偵ニール・ケアリーが、活躍する舞台は、中国である。香港から四川省は成都まで及びさらに歴史的な背景までをプロットするというミステリーというか冒険小説的な物語となっている。仕事の合間に読んでまさに「ちょうどいい」という表現が、ピッタリのミステリーだ。

月曜日, 10月 04, 2010

ポール・メルコ著「天空のリング」を読んで。

かなり、長編SFである。名古屋へ行く途中、東京駅で本を忘れてきたのに気づき買った。5人の少年少女が改造人間となり、ポッドという集合体人間化し宇宙と地球を往来し冒険する物語である。地球上の人間数十億人が死んでの世界を、遺伝子工学を創めとする未来工学を駆使して作られた改造人間の世界は、ただただ退屈だった読後感である。

村上春樹著「ノルウェイの森」下巻を読んで。

死は生の対極でなく常に傍にあり共にあるものだと。下巻では、直子が自ら命を絶つ。何もかも残さず全ての行ける軌跡を消して、緑の父は、生涯を賭して起こした本屋を背に死んでゆく。残された姉妹二人は、本屋を処分してアパートに住み夫々の生活を始める。主人公渡辺青年を取り巻く、交通事故死する友人、そして友人の恋人であった直子、そして緑の父の死三者三様の死を描く。そうした死を見つめながらも生きる主人公の死生観とも言うべき不条理性というべきかを思う。そして生は続く。

土曜日, 9月 25, 2010

村上春樹著「ノルウェイの森」上巻を読んで。

著者の本は、この「ノルウェイの森」で3作目の読破となる。海辺のカフカ上下巻と1Q84の3部作そして今回の書である。自然から始まり女性、性とその類まれな文章の表現力は驚嘆に値する。そしていつも著者の小説にみる「人生」=「不安」「孤独」というテーゼが、各作品を貫いているように思う。主人公は37歳になるワタナベ君なる人物で18年前の青春の回想の物語である。ある大学の寮に住む主人公の青年を取り巻く同室同僚、頭の切れる永沢、そして恋人直子、大学の同僚緑。直子は元々同僚キズキ君の恋人だったが、彼は交通事故死となって、それ以降ワタナベ青年との交際が始まるが、彼女は精神疾患で京都の山深い療養所に行ってしまう。

日曜日, 9月 19, 2010

ドン・ウィンズロウ著「ストリート・キッズ」を読んで。

1970年代中期の著者の処女作と思われる「ストリート・キッズ」を読む。二ール・ケアリーなる主人公は、父母に見捨てられたストリート・キッズだ。父さんと呼ぶジョー・グレアムに育てられ、掏りの手口やらを入念に指導を受け成長する。大学院進学を前に、銀行の裏組織「崩友会」なる組織より、家出した娘、チェイス米上院議員の娘の捜索を指示され、ロンドンへと赴く。麻薬中毒と売春婦として生けるアリーを発見、アメリカ故郷へとアリーを奪還すべくニールの冒険が始まる。「犬の力」「グラーグ」シリーズを読んだ後では、聊か拍子抜けするが、著者の現在に至る軌跡をトレースできた気分であり、500ページにも及ぶ長編にも拘らず一気に読める一冊であった。

木曜日, 9月 02, 2010

梅棹忠夫著「情報の文明学」を読んで。

著者のものを十数年前に読んだ。「知的生産の技術」岩波新書だったと記憶している。読後、京大式カードを作成した覚えがある。フィールドワークの情報整理からの発想だったように思う。そんな著者が、A・トフラーの「第三の波」が発刊されたのが1980年、文明史観というか未来学的発想に目を見張った、正に目から鱗状態であった。その「第三の波」より先んずること17年、つまり1963年に情報の文明学なる本を書いた著者を天才と思う。日本で初めて「情報」という言葉に定義を与えた人物であった。現代のコンピュータリゼーション生ける我々はともすると、情報産業やらつまり情報という言葉が、ITを指し狭義の意味として使用されている。情報とは、文明を区画する時代の遷移をも意味する歴史的文明的なものだと著者は言う。

木曜日, 8月 19, 2010

柿崎一郎著「物語 タイの歴史」を読んで。

タイ周辺の国、東シナ半島周辺のベトナム、カンボジア、ビルマ(現ミャンマー)との対立抗争と国内での政変(クーデター)を繰り返し、現プミポン国王(ラーマ九世)へと変遷するタイの歴史は、正に抗争の歴史である。なかでも14世紀のアユタヤ王朝400年の歴史は堅固な王政ととも、今に見る世界遺産の建築寺院を始め文化の発展にも多く寄与した。

月曜日, 8月 16, 2010

角川歴彦著「クラウド時代とクール革命」を読んで。

IT、ICTと呼ばれる情報技術の覇権も既にアメリカに握られている。WebからYuTube、iPODやiPHONEそしてiPADつまり、出版・書籍から音楽そして映像、地図さらに通販と既に身の回りの全てに於いてマイクロソフト、グーグル、アップル、アマゾンなど巨大IT企業の下にある。日本の未来はあるのか?の問いに著者は、クール革命が必要であると。過去読んだ野村総研のIT市場分析では、日本のガラパゴス化は世界の市場から見放されグローバルスタンダードから乖離し世界市場に打って出られないと分析されたが、著者はガラパゴス化で結構という。日本独自の技術文化は、外国人から見てクールだと思われるコンテンツを掘り進め提供すべきだと、著者が言う2014年がその革命の年であると。今やアメリカの巨大IT企業は、こぞってクラウド化に突き進んでいる。このクラウド市場でも日本は遅れを取り戻さなければならないと著者は懸念する。

土曜日, 8月 14, 2010

五木寛之著「仏教のこころ」を読んで。

現代の於ける「仏教」の意味というか役割はどのようなものか?著者の真摯な問いがこの本を書いた動機でもある。この本の中で面白いと思ったのは、キリスト教布教の日本と韓国の違いである。日本のキリスト教信者は推定百数十万、これに対して韓国は一千二百五十万にも上るという。国民の25%にも達する。この違いこそが日本人の特性であると。神仏の区別なく混淆した日本人の精神構造は、私はその風土に今風に言えば、自然環境にあると思う。四方を海に囲まれ清らかな山河と四季は、日本人の精神構造を規定した大きな要因だと思う。仏があり、神様がある。この宗教観は世界的に見ても唯一無二の日本人特有なコンプレックス(複合的)な寛容と共生を可能とする意識構造を獲得したように思う。今イスラムとキリストの宗教対立が伴う戦争が、21世紀の世界に暗い影を落としている状況下で、この日本人の思想こそが世界を救うのではないかと著者は言う。

ウンベルト・エーコ著「薔薇の名前」下巻を読んで。

この「薔薇の名前」は、7日間の修道士ウィリアムとその助手であり見習修道士アドソとの修道院滞在中に発生する殺人事件のプロットである。華麗にして荘厳な修道院は、稀有にして膨大な書物の蒐集しそれを所蔵する文書館を持つが、この複雑な迷路になっている文書館こそが、殺人現場となった。次々と発生する殺人事件の最中に教皇派の使徒団が到着し、異端審問官ベルナールにより一旦は解決したかに見え院長はウィリアムとアドソに退去を命じるが、事件解決の執念を燃やすウィリアム修道士は遂にその核心へと踏み込む。事件は、一人の盲目の老修道士ホルヘの一冊の書物を廻る異常なまでの神への服従が齎した結果であった。

土曜日, 8月 07, 2010

ウンベルト・エーコ著「薔薇の名前」上巻を読んで。

著者ウンベルトは、イタリアの哲学者でもあり小説家である。14世紀、教皇と法王との宗教対立を背景に描かれたミステリー長編小説である。イタリア北部を中心に当時ヨーロッパの修道士、修練士の名前はミステリーとしては、あまり出てこない長ったらしい名前は読者を辟易させるに十分だ。精緻な歴史的な背景描写とアビニョンにある壮麗で複雑な数学的要素を取り入れた建築である物語つまり殺人現場であるメルク修道院の中で暮らす修道士の生活を通して、腐敗した宗教の実態が細かく記述されており小説とは思えぬ背景描写は、読者にとっては余りありがたくない。フランシスコ会修道士ウィリアムと修練士アドソが、調停の為メルク修道院に派遣されてから直ぐに殺人事件が発生する。修道院長に全権を委任され事件捜査解明にあたる二人は、修道院の秘密を次々と明るみに出すが、解明に至らぬまま次々と修道士が殺害され未だ、殺人犯人の特定ができずに。修道院の複雑な建物設計にかかわる殺人ミステリーというと、綾辻の暗黒館の殺人を思い出す。

水曜日, 7月 28, 2010

五木寛之著「蓮如」を読んで。

本願寺再生復興に向けて、8代目法王となる親鸞亡き後の蓮如の物語である。先に同著者の「親鸞」を読んでいるので、続編を読むような気分であった。時は、室町幕府戦や飢饉による大量の死者が、京の都の川辺に投げ捨てられるそんな暗黒な時代背景の中民衆は極楽浄土を願い一向念仏を説く蓮如の元へと集まる。親鸞聖人の深い教えを如何に民衆に平易な言葉でもって伝えるかを苦悩する蓮如の姿がある。84才の生涯の中で5人の妻をめとり27人の子供を設けた蓮如は、偉大なる煩悩を持ち合わせた聖人であった。

月曜日, 7月 26, 2010

湊かなえ著「告白」を読んで。

ストックしていた本も、シェイクスピアの「リア王」で切れた。近くのスーパーの中の小さな本屋、ここで「告白」を手に取った。2009年本屋大賞第一位とポスターの前に数冊置かれていた。300ページほどの文庫本を購入。昨日と今日の2日間で読破。何か物足りなさを覚える。母と息子の愛情物語か?その息子らに向かう教師、ある中学校のクラスの担任の女性教師の愛娘が、自分の教え子2人によって殺害される。教師の執拗な独自捜査によって遂に2人の教え子渡辺と下村に行き着く。そして復讐へと。女性教師としての母と子、犯人である教え子2人それぞれの母と子、歪な愛情が愛憎に変わってゆく過程を描く、何故か父親は影の薄れた存在だ。子に対する親の愛情を教師と殺害された愛娘そして教え子2人とそれぞれ母との関係を教師の側そしてそれぞれ息子の側から描く。

土曜日, 7月 24, 2010

シェイクスピア著「リア王」を読んで。

今回も、買い込んだ最後の1冊「リア王」だ。シェイクスピアは、劇作を作るとき種本を利用するという。様々な古典を参考にする。しかし、結果はシェイクスピア独自の作品として、独自のプロットを付加して新しい作品として誕生させる。このリア王も参考本では王と3人の娘の物語で、末娘のコーデェリアを追放し残る2人に全ての財産・領地を分け与えた王の結末は惨憺たる結果となり、不遇の状況の中コーデェリアと遭遇し、打ち解け最後まで仲良く暮らしたという話でつまり、ハッピーエンドで終わる物語であった。しかしシェイクスピアのプロットは、グロスターという部下を配しハッピーエンドどころか、王とコーデェリアは、殺害されてしまう。幾つかのシェイクスピアの物語を読み終えて感ずるのは、彼の人生観だ。シニカルであり、つまり成るように成らない不条理性と人生の偶然性が、彼の底流にある。これが悲劇の本質なのだろうか。

月曜日, 7月 19, 2010

シェイクスピア著「マクベス」を読んで。

戦闘から帰還途中で、魔女3人と遭遇する。魔女の予言が、マクベスの運命を翻弄することになる。スコットランドの王であるダンカンを殺害、さらに友人で同士であるバンクオーをも殺害する。殺人が殺人を呼び、もはや後戻りできない。血でもって制裁を加えたマクベスは、殺人し逃亡する者の心理状態に陥る、もはや正常な判断ができなくなる。シェイクスピアの著作の中でも、血なまぐさい物語である。マクベスは言う「いったん悪を始めたからには、悪を重ねること以外、強くなる道はどこにもない。」恐ろしい人生の教訓かと。

日曜日, 7月 18, 2010

R・D・ウィングフィールド著「フロスト気質」下巻を読んで。

デントン警察署のフロスト警部の人柄を想像するに、イギリス人もこうだったかと思い知らされる面がある。ガムシャラに事件にあたる警部そして同僚部下デントン警察署長マレットとのやり取り、何故かほのぼのとした警部およびイギリスの田舎警察署の風景が冗長性を伴って、好感が持てる。
署管轄内で次々と発生する殺人事件をフロスト警部は、定石どおり捜査を進める。警部独特のカンを頼りに、最後まで犯人を追いつめる執拗な捜査こそフロスト警部の持ち味だ。幼児誘拐から殺人事件へと展開する犯罪に全身全霊で捜査に邁進する警部の推理と苦悩が何故かイギリス人の人間性をも描く、著者の警察探偵小説の神髄だろうか。

月曜日, 7月 12, 2010

R・D・ウィングフィールド著「フロスト気質」上巻を読んで。

著者の警察探偵小説は、初めてである。気さくな愛すべき警部フロストが、誘拐事件に巻き込まれる。警部の同僚から署の署長そして部下とさらに他の殺人事件が発生する、幾分冗長さは否めないが、次から次へと展開するプロットは十分楽しめる。

日曜日, 7月 04, 2010

マイクル・コナリー著「天使と罪の街」下巻を読んで。

連続殺人犯として元FBIの捜査官バッカスはハリーの中で決定的となってきた。独自にバッカスの行方を追うハリーにFBIはレイチェルを監視として彼に向ける。そして友人マッケイレブが残した地図のメモを解き明かしロスからべガスそしてザイジックス・ロード1マイル先へと、遂に犯人バッカスを追い詰めた嵐の夜ハリーは、犯人が潜む建物の裏手のロス川の濁流に。。クライマックスは、それなりにワクワクするものだが、どうもディーヴァーやトム・ロブ・スミスはたまたミレニアムを読んだ後では、今一の感が拭えない。

月曜日, 6月 28, 2010

マイクル・コナリー著「天使と罪の街」上巻を読んで。

著者の作品は、初めてである。元FBI捜査官がなんと殺人鬼、その殺人鬼をやはり元ロス市警刑事ハリー・ボッシュが追う。物語は米国カリフォルニア、ネバダ州はラスベガス周辺での展開となる。ハリーは、通常おきまりの刑事ドラマのとおり、一人娘を残し妻と離婚し、今は私立探偵としての身の上だ。元FBI捜査官マッケイレブの死に疑問を抱く妻グラシエアから依頼を受けハリーの追跡が始まる。マッケイレブは、退職後も過去の連続未解決殺人事件について捜査を進めていた。残された彼の資料から、犯人は元FBI捜査官のバッカスではないかと・・・・。

土曜日, 6月 26, 2010

スコット・リンチ著「ロック・ラモーラの優雅なたくらみ」を読んで。

圧倒的なSFファンタジックな状況設定そしてコン・ゲームとして長編の著者処女作である。物語は、産業革命後のベネチアに似た空想城郭都市カモールここに父母を殺され孤児として生きるロック・ラモーラ、カモールの泥棒紳士団の団長として成長する。カモールを支配するドン、カパ・パルサビーとの対決、そしてバルサビィーからラーツアヘ親友を殺害され復習を誓うロック・ラモーラの希有な詐欺師と彼を取り巻く古城都市カモールの支配者達との対決は実に面白い。また空想城郭都市の設定はまさにSFの世界を堪能させる。

火曜日, 6月 15, 2010

シェイスピア著「ベニスの商人」を読んで。

この物語は、パサーニオとポーシャの二人を中心とする恋愛劇であるが、ここにユダヤ人の金貸しシャイロックを配し、キリスト教徒とユダヤ人の対立から友人アントニオを救う賢女ポーシャの美貌と機智。パサーニオとアントニオの友情、シャイロック、ポーシャと登場人物は、それぞれ個性があり劇場での役者のイメージが本を読んでいて湧いてくる。古典中の古典だ。

水曜日, 6月 09, 2010

スコット・マリアーニ著「消えた錬金術師」を読んで。

読んで数ページ過ぎ、この歴史ミステリードラマは多分映画化されるだろうと予測した巻末のあとがきにやはり、そう書いてあった。情景が、色彩が、物語のプロットの巧みさとともに読者をぐいぐいと渦中へと引っ張ってゆくそんな面白さがある。主人公ベンは、英国特殊部隊の隊員を経験し現在捜索屋を稼業とするそんな彼の元へフェアファックスと名乗る人物より孫のルースの病気を治すため、古来伝えられている錬金術を用いた不老不死の手稿を手に入れて欲しいと依頼を受ける。そしてフルカネリという錬金術師に辿り着くその手稿を回り、アクションありミステリーそしてラブロマンスありと冒頭でも言った映画化に最適な展開は実に面白い。2010年私のミステリー推薦NO1といったところだ。

金曜日, 6月 04, 2010

マイケル・シェイボン著「ユダヤ警官同盟」下巻を読んで。

グーグルアースで、アラスカ州を見たが、小説に出てくる島の地名が確認できた。が巻末の訳者後書きを読んで、架空の世界であることを知り驚いた。ユダヤ人専用の特別区のシトカとは正にSFの世界であると。そして以外にもシュピルマンを殺害した犯人は、ランツマンの警察同僚のベルコの伯父のヘルツであった。SFとミステリーが錯綜するこの物語は、何故か今一だった。「ミレニアム」や「犬の力」の方が数段面白い。

マイケル・シェイボン著「ユダヤ警官同盟」上巻を読んで。

出張で北海道札幌へ1週間滞在中に持って来た本を読んでしまったので、ジュンク堂書店に出掛けそこの店員さんに海外ミステリーで売れているベスト5を教えて欲しいというと親切にも挙げてくれたミステリーの中で、1位から4位までは既に読んでいた。そして第5位がこの書であった。物語の舞台は米国のアラスカ州のシトカ特別区を中心としてランツマン警部と同僚ベルコ、ランツマンは妻と離婚した後、安ホテルに住まい505号室で暮らし荒んだ生活をしている。そして、そのホテルの208号室でシュピルマンという青年が殺害された。殺害された青年は、当地区を支配するボスの息子で、救世主として神童と言われた男であった。捜査に当たるランツマンは、遂にボスのメンデル・シュピルマンの自宅へと向かった。

日曜日, 5月 30, 2010

シェイクスピア著「ハムレットQ1」を読んで。

ハムレットのテクストが3つあることを解説を読んで解った。Q1、Q2そしてFだという。中でもQ1が最も短いつまり短編だと。最近の研究成果ではこのQ1が、ハムレットの原形ではないかとされているそうだ。劇場での演目に対する台本は、演出家や役者あるいは劇場側の都合などにより加筆訂正がつきものだという。

P・G・ウッドハウス著「よしきた、ジーヴス」を読んで。

例によって、バーティーと従僕ジーヴスとの軽快なやりとりが、全編を貫き何故か読んでいて安心感を齎す。今回のよしきたは、物語が連続している。例によって、バーティーを回る友人が巻き起こす、恋愛沙汰に翻弄される。ジーヴスの機知に富んだ策が、バーティーを支える。ウッドハウスの人間を見る優しい目がそこにある。

土曜日, 5月 22, 2010

シェイクスピア著「ジュリアス・シーザー」を読んで。

ドストエフスキー著「罪と罰」を古典を読むの第二弾をシェイクスピアとした。古代ローマを舞台に戦争劇を書いた著者が描こうとしたテーマとは何であったかを読後考えてみると、戦争を題材の中心は民衆の民意の不確実性と迎合性そしてその渦中に生ける様々な人間模様その内面を鋭く抉り出す、つまり歴史とは民意の偶然とその渦中に生ける人間の精神の気まぐれさにあると。そう理解する。

冲方丁著「天地明察」を読んで。

普段は、アマゾンで殆ど書籍を購入するが、天気も良く近くの本屋に行き、本屋大賞の広告に釣られこの本を手に取った。全く時代小説の何かも不明であった。読み始めて江戸時代の会津藩の碁の指導指南役、渋川春海なる人物の一代記であることが判明した。碁方の春海が魅かれる算術・術理を求めるが、暦術に興味を魅かれ生涯研究のテーマとして己の春海の人生を全うする物語である。一心不乱の研究を続ける春海の人生に様々な苦難が待ち受ける。人生の邂逅と別離とそして恋とまさしく人生模様を映し出しているこの本を読み終え思わず篤いものが込上げてくる。この物語に登場する和算の大家とし知られる関孝和こそ、我が町群馬県は藤岡市の出身でる。西洋の算術に先駆け既に現在の行列式を考案したという数学の天才である。

金曜日, 5月 14, 2010

ドストエフスキー著「罪と罰」第3巻を読んで。

「罪と罰」を読むに当たって、作者の宗教観、愛について、人生について、運命についてを読み取ろうと意図したが、遥かに深く前述の全てについて書かれているようである。ラスコリーニコフは以前として精神的に追い詰められた状況下で彷徨いながら、刻一刻と自首へと傾斜し遂に警察の門をくぐることになった。この巻は罰の章である。選民思想、貧困、ロシア国内の状況下でのラスコリーニコフの決断は鬼畜金貸し婆の殺人であった。悔いることの無い決断はやがてソーニャとの邂逅によって、徐々に神へと近づいていくことになる。つまりソーニャこそが、神の化身ではないか。やがて判決が下り寛大な8年というシベリア流刑であった。流刑地まで追ってゆくソーニャは、即ラスコリーニコフは神を背に刑期を全うしようとする姿ではなかったか。何れにしても、こんなにも深く面白い小説こそ古典といわれる由縁であろうか。

月曜日, 5月 10, 2010

ドストエフスキー著「罪と罰」第2巻を読んで。

殺人から数日後のラスコリーニコフの生活が描写される。この巻で彼の殺人に至った精神的背景というか哲学が開かされる。またソーニャという娼婦との邂逅は、ラスコリーニコフの神への対峙を意味する。母ブリヘーリアと妹アブドーチャの再会、スヴィドリガイロフという精神的におかしな男とのペテルブルクでの遭遇、友人のラズミーヒンの友人の予審判事であるポリフィーリーとの接見。揺れ動くラスコリーニコフの精神的動揺が描写されている。

ドストエフスキー著「罪と罰」第1巻を読んで。

地方での元大学生ラスコリーニコフは、大都市ペテルスブルクで極貧生活を安アパートの五階で日々生活する中で、自虐的な精神状況下で、ふとしたことから殺人を決意する。母からの仕送りを全て居酒屋で使い果たすといった荒んだ毎日であった。何で殺人に至ったかの精神的経緯は判然としない。金貸し婆さんとその義理の妹二人を斧で滅多打ちにし、死に至らしめる。おりしも彼の妹のアブドーチャはルージンという歳の離れた弁護士と婚約しペテルスブルクに来るという。彼女ら二人が到着する前日ラスコリーニコフは殺人に及んだ。退廃的生活と活きる希望もなしに日々荒んだ生活を送る元大学生というように読み進むうちに太宰治の「人間失格」に思い当たる。罪を犯したラスコリーニコフはどのように生きようとするのか?第1巻は終わる。

金曜日, 4月 30, 2010

村上春樹著「1Q84」BOOK3を読んで。

BOOK1からBOOK3まで、本当に楽しませてもらった。2010年早くも私的にベストワンなる文芸書だと思う。架空の1Q84年から最後に現実世界の1984年に、青豆と天吾と受胎した小さな者と一緒に。BOOK3で明らかになる、登場人物の詳細が明かされる。青豆、天五、セーフハウスを経営する金持ちの婆さん、ボディーガードのタマル、新興宗教教団のリーダーそして部下そして元弁護士で今や教団に雇われて青豆を追う牛河、空気さなぎの著者深田絵里子。登場人物が織り成す様々な行動が青豆を中心に徐々に繋がってゆく。著者の文体と形容と描写はまさに天才的だ。小さなファンタジーを絡め登場人物それぞれの生き方を描写する。著者は言う「人は希望を与えられ、それを燃料とし、目的として人生を生きる。希望なしに人が行き続けることはできない。しかしそれはコイン投げと同じだ。表側が出るか裏側が出るか、コインが落ちてくるまでわからない。」と。それにしても兎にも角にも面白かった。