火曜日, 4月 10, 2007
Mizuno JPXチタン アイアンを買った。
先日、Yahooオークションにてミズノ「JPXE310Ti」を落札チタンフェースにNS950HTのSRの組み合わせ56000円也、早速鳥かご「練習場」にて、試打する。5Iでロフト角23度は、強烈なストロングロフトだ。同社のMPシリーズが、26度であるから約一番手違う。しかし球筋は、強く高い、ストロングロフトにも拘わらず最近の複合コンパジットアイアンは低重心で玉があがるという。やはりゴルフ道具の進化を感ずる。まだ現場「実践」で使用していないが、楽しみだ。前の2002年のダンロップXXIOと較べても1番手違う。芯を喰うと、5Iで185Y、4Iで195Y位は行く。実に頼もしい限りだ。そして最近になって、「わかった」つまりスウィングの。以前は、つま先体重にてアライメントをしていたが、少しかかと体重を意識してバックスウィングをしてみたらこれが、ナイスショットに繋がった。前2回のラウンドでは、77、80と上々の結果が出ている。14日の現場が楽しみだ。
エンプティー・チェア を読んで。
ジェフリー・ディーヴァーの「エンプティー・チェア」を読んで、私は彼の最高傑作だと思う。お馴染みのリンカーン・ライム&アメリア・サックスのコンビのジェットコースターミステリーだ。兎に角最後の最後まで読者を夢中にさせる緊迫感と一気に読破させる力をこの本は持っている。ノースカロライナのパケノーク郡の小さな町で起こる殺人誘拐事件にライムとサックス介護士のトムが、ライムの手術の為に大学病院を訪れる。いつものセントラルパークにあるライムの部屋の分析機器がここには無い。緊急に調達した古い機器での解析が始まる。犯人を追い詰める中相棒のサックスが、同僚を銃殺してしまう。事件は意外な展開へと進み、警察内部の所長ベルと実業家との癒着そしてこの小さな町全体が、農薬に使う毒薬によって汚染sれていることが判明する。町には子供がいない。このミステリーの周到な展開は正に圧巻というべきもので拍手を送りたい。
日曜日, 4月 08, 2007
ソルトマーシュの殺人 を読んで。
先日本屋で手に取った、世界探偵小説全集の中の1冊グラディス・ミッチェルの「ソルトマーシュの殺人」である。題名のソルトマーシュとは、イギリスの片田舎の村の名前である。ブラッドリー婆さんは心理学者でもある探偵である。村の祭りの情景がこと細かく描写され前半は、ミステリーとはかけ離れた「怠い」という感じだ。そのうち知らないうちに殺人事件があったと聞かされるというように、事件に入っていく語り手の僕は、協会の副牧師である。その語り手と婆さん探偵が殺人事件を追いつめる。何故かインパクトが無い。J・ディーヴァーのジェットコースター的展開とは全く違った、また愛読する乱歩の物とも違う。最後まで読者は、犯人を特定できない。この手法はまた独特だ。物語の山場を山として描写せず、すらっと流す。1920年代の作品でG・ミッチェルの作品は暫く日本で翻訳されることが無かったという。
水曜日, 4月 04, 2007
シャーロックホームズの生還 を読んで。
コナンドイルの「シャーロックホームズの生還」を読んだ。頭脳明晰にして、次々と難事件を解決してゆく彼の論理的で冷淡な個性そして霧の都ロンドンとのマッチングは、数年前ロンドンを訪れその印象とともに私の想像を刺激する。しかし、何故か彼ホームズの孤独な背中が見える。友人ワトソン博士が心配するように、退屈な時間はホームズを阿片・麻薬へと誘う。つまり彼は難事件がなければ生きていけない宿命を持った男なのである。
火曜日, 4月 03, 2007
緑衣の鬼 江戸川乱歩全集第11巻を読んで。
「緑衣の鬼」そして「幽霊塔」も黒岩涙香氏の海外探偵小説の翻訳物を乱歩が、そのワールドで書いた物だという。実に面白く、一気火勢に読むことを強いる魅力を持った2編である。昭和10年頃の作だと言うが、この時代にもこんなに面白い読み物があったとは、考えられないくらいだ。まさにRanpo Worldだ。
水曜日, 3月 28, 2007
ゴルフの神様 を読んで
夏坂健氏の「ゴルフの神様」を読んだ。氏の類い希なる珠玉のエッセーが、イギリスやスコットランドを俳諧しならが、見て感じて書いたというものである。ゴルフ本来の意味がわかる。まず自然があってコースができて、人間がいる。ゴルフのルールでいう「あるがまま」の意味は誠に深い。趣味としてのゴルフ、接待ゴルフ、競技ゴルフと色々あるが、人生と自然とゴルフを理解する人こそ幸福だと思わずにはいられない。そして「あるがまま」と静謐という精神を。。
月曜日, 3月 26, 2007
死の開幕 を読んで。
J・ディーヴァーの最新作と思いきや、初期の作品であった。出張の日、東京駅の京葉線乗り場へ向かう途中の本屋で見つけた。後半の展開は、リンカーン・ライム&アメリア・サックスシリーズを彷彿とさせる例のジェットコースター的だ。主人公のルーンを中心に回る殺人事件だ。ポルノ映画館が、犯人によって爆破されシェリー・ローというポルノ女優が殺される。ルーンはその経緯をドキュメンタリー映画にしようとカメラを手に聞き込みを開始する。前半はかなり、「だるい」展開だ。市警の爆発物処理班刑事、サム・ヒーリーと出会う。ルーン&ヒーリーで殺人犯を追う。後半は、2転、3転と急速な転回が、二人を待つ。J・ディーヴァーの創造するルーンは、サックスへと繋がっていく何かを持っているが、どこか違う。
火曜日, 3月 20, 2007
制服捜査 を読んで。
佐々木嬢著「制服捜査」を読んだ。実は、NHKのBS番組「週間ブックレビュー」の特集で作者が出演し面白そうなので、手に取った。結果は、今一であった。面白くない。J・ディーヴァーや乱歩と比較して全く読者を楽しませる展開が無い。北海道の田舎の一駐在所のお巡りさんつまり制服巡査の事件とも言えない事件を追った物語である。ある日、夏祭りの夜、少女が誘拐される。地元の名士の教育長の教員当時教え子に生ませた息子が犯人だと。。所謂物語の中心がこれである。何ともなさけなく、読むのに疲れた。
月曜日, 3月 19, 2007
魔術師 江戸川乱歩全集第6巻 を読んで。
昭和初期の新聞零細の長編小説2編が、この巻の内容だ。極悪殺人犯人と素人探偵明智小五郎との対決が、その中心だ。2作品とも圧倒的な面白さであっという間に読了してしまう魅力を持っている。乱歩の絶頂期の作品ではないか。と思われる。明智の妻、文代との出会いから結婚に至るプロセスが判る。シャーロックホームズが女嫌いだったのに比し、乱歩の創出した明智小五郎は、結婚する。また少年探偵団率いる小林少年も助手として登場する。乱歩のミステリーの面白さを端的に表現されている作品だと思う。
金曜日, 3月 16, 2007
「緋色の研究」新訳シャーロックホームズ全集 を読んで
1886年、ドイルがホームズ・ワトソンの探偵物を書いた最初の作品であるという。ワトソンとホームズとの出会いが、この作品でわかる。1886年といえば、明治18年この時代の探偵物を今読んでも面白いとう意味は、何なのだろうか。ドイルが創出したホームズという人物像そして希有な相方ワトソンとの絶妙なコンビネーションで事件を解決してゆく展開なのだろうか。あるいは、ホームズの事件に対する深い知識と洞察力は、現在ミステリーに引き継がれていると思う。
木曜日, 3月 15, 2007
「陰獣」江戸川乱歩全集 第3巻を読んで。
「陰獣」は、乱歩の傑作といわれる作品であるという。昭和初期の作品にあって、一転、二転三転というどんでんがえし的作風は、現代のミステリー作家であるJ・ディーヴァーを彷彿とさせる。ジェットコースター的展開とまではいかないが、かなり面白い。最終結末が、明確でないという当時の批判はあったということだが、かえって読者の想像を掻き立てるに十分である。また最後編に綴られている「芋虫」もなかなか迫力がある戦傷者を題材にしているため、当時イデオロギー的作品として左翼に歓迎されたと述懐している乱歩であるが、人間の本能としての「善」と「悪」を短編の中に凝縮しさらに印象付けに成功している希有な作品だと思う。
日曜日, 2月 25, 2007
騎士たちの一番ホール-不滅のゴルフ名言集 を読んで。
以前夏坂健の著作を数冊読んだ記憶がある。ベンホーガンやウォルターヘーゲンなど過去の名手のゴルフの名言を解説している。確か著者は、英国大英博物館やセントアンドリュースを訪ねゴルフに関する多数の歴史的文献を収集しているコレクターだと読んだ覚えがある。貴族から一介ののサラリーマンまでゴルフに熱中し、人生をゴルフとともに生きた先人の知恵と蘊蓄が、今ゴルフを趣味としまた読書を趣味として生きる自分にとって、中々味のある名言が数多く納得させられる本である。
火曜日, 2月 20, 2007
江戸川乱歩全集 第8巻 目羅博士の不思議な犯罪 を読んで。
第8巻に収めてある作品は、比較的乱歩が作家となった初期のものだという。昭和5、6年頃だ。約800ページに及ぶ長短編だ。この第8巻には明智小五郎は登場しない。「妖虫」には三笠龍介という老探偵が登場する。乱歩の推理探偵小説を読んでいて、読んでいる途中というか読書中の面白みをいつも感じ、人は死んでも作品が残る素晴らしさをいつも感じる。昭和初期の作品というよりは、やはり乱歩だからであろうか。
火曜日, 2月 13, 2007
空海の思想について を読んで。
梅原猛の「空海の思想について」を読む。そういえば、ここ数年川崎大師「平間寺」を年始参りに行く。空海の思想は、非常に難解であるという。吉本隆明の「親鸞」についての書を読んだ。悪人正機説そこに極限まで、自己の精神を探求する親鸞の究極の「悟り」がそこにあると思ったと同時に、宗教、仏教とは、世間この自己の生ける周囲、世界と隔絶した状況で何の意味があるのだろうかという強烈な疑問が湧いた覚えがあった。弘法大師空海のいう真言密教は、「世界肯定の思想が、密教の思想にある。」と著者は言う。世界肯定、人間万歳が、真言密教の根底にあるのではと。お釈迦様でなく、大日如来による宗教の普遍性を歴史の中に見いだそうとした空海という人の思想をもっと勉強したいと思う。
四つの署名 を読んで。
シャーロック・ホームズ全集の「四つの署名」は、コナンドイルの推理小説の第2段であるという。インドの財宝を巡る殺人事件だ。ホームズは、冒頭から麻薬をやる。この時代1890年頃は、ごく当たり前だったという。この本にホームズの仕事観、恋愛結婚観、人生観がわかる。「恋愛は、理性とは相容れず、判断力を狂わせる。」という。旧友ワトスン博士の結婚に際しても、おめでとうとは言わない。躁と鬱を繰り返す、ホームズの日常しかし一度気の向く仕事に出会ったら、昼夜を問わず集中する。麻薬の助けを借りながら。。。
日曜日, 2月 04, 2007
ちいさな王子 を読んで。
サン・テクジュペリの「ちいさな王子」は、彼の44歳の人生の終了2年前に執筆された童話である。第二次世界大戦末期のこの時代は、仏は言論統制下でもあったようだ。彼は生粋の飛行機乗りであったという。今で言う国際郵便配達として飛行機に乗りそして戦争でも飛行機に乗る。最後は飛び立った飛行機が戻ってこなかった。2003年海中から残骸が見つかったと言う。砂漠に不時着した飛行士が、ちいさな王子に出会う。王子の物語そして再び飛行士のぼくは、飛び立ってゆく。人生の最後の果てしなく、青く広い大空へ。そこはなとない孤独・寂寥感が根底に漂っている。病床にあった作者が綴ったこの書は、死への旅立ちを意味しているのかも知れぬ。
土曜日, 2月 03, 2007
シャーロックホームズ全集 シャーロックホームズの冒険 を読んで
数十年も前に、読んだが題名は全く覚えていない。今回の新訳「シャーロックホームズの冒険」は読みやすく、読むにつれて次々へと物語の進行を思い出してゆく。昔懐かしく、胸を躍らせて読んだ記憶が走馬灯のように蘇る。懐かしく思い出される一冊であった。短編12編は、19世紀後半のロンドンとホームズの人格とが相まって、暗い。10年前にロンドンを訪れたときに、ベーカー街に立ち寄るべきだったと思う。
木曜日, 2月 01, 2007
青い虚空 を読んで。
J・ディーヴァーの「青い虚空」を読んだ。ハッカー・クラッカーによる殺人事件を題材にハッカーの追い求める果てしない無限の可能性の世界、これこそがディーヴァーの造語である「青い虚空」なのだ。シリコンヴァレーで起きたストーカによる殺人事件を切っ掛けに事件は、一人のハッカー「フェイト」に絞り込まれる。FBIは、同業ハッカーであるジレットなる人物を使い目には目をの戦いが始まる。最後はやはりディーヴァー特有のジェットコースター的結末による。ライム・サックスシリーズとは別の路線であるが、非常に面白いディーヴァーの傑作に数えられる名著である。
金曜日, 1月 19, 2007
これも経済学だ を読んで。
著者は慶應義塾大の現役の教授だ。「これも経済学だ」を読んで、何の感動もない。所得格差、格差社会の捉え方も全く視点が違う。「ワーキングプアー」をどう説明するのか。経済学も目的は消費者を幸せにすることだという。不均衡、所得格差は致し方ないという。なぜなら、競争社会だから。と言う。現状の日本社会を著者独自の視点・思想で解明すべきと思うが、何か答えがはぐらかされて無駄な事を長々と説明する本当にこれも経済学だ。
水曜日, 1月 17, 2007
ララバイ を読んで。
チャック・パラニュークの「ララバイ」は、私にとって2冊目の本である。ニューヨークの世界貿易センタービルのテロリストによる破壊は、米国知識人や作家に多大な影響もたらしたと言える。混沌、まさに混沌とした時代を象徴する事件であった。ちょうどこの時に書かれたと言う。殺人、暴力、家庭の愛、そして愛と崩壊が、焼けこげた死体、土の中に埋没する屍、世界を救う道はあるのか?日常というものの崩壊がここにある。
土曜日, 1月 13, 2007
死の教訓上下巻 を読んで。
ジェフリー・ディーヴァーの「死の教訓」は、ディーヴァーがブレイクする前二作目に当たるという。リンカーン・ライム&アメリア・サックスシリーズと比較し物語の展開は遅々としているが、後半のディーヴァーの真骨頂であるジェットコースター的終末への展開は既に「静寂の叫び」へと発展してゆく道程と思える。ビル・コードの家庭とオーデン大学など人物描写や大学の経営まで含めた内情がこと細かく描写されている。そのそれぞれの展開が終末に向かって関連してゆく。事件が落着した後で主人公のコードが漏らした言葉「人生が課す重荷は果てしない。そう、なすべきことはあまりにも多い。つぎからつぎへと・・・・・。だが、。。」タイトルの死の教訓は、実に「人生の教訓」と思える。
水曜日, 1月 10, 2007
江戸川乱歩全集 第12巻 悪魔の紋章 を読んで。
第12巻の「悪魔の紋章」は、先に読んだ探偵が犯人という設定である。探偵の宗像隆一郎博士と名探偵明智小五郎の対決である。乱歩の作品は、いつも「娯楽雑誌」かのように私は読んでいる、読書中がもっとも面白い後でつまり数日経つと忘れてしまう。そんな探偵小説だが、読書中も読後も面白くない小説よりはましだと思う。
火曜日, 1月 09, 2007
静寂の叫び を読んで。
ジェフリー・ディーヴァーの「静寂の叫び」を読んだ。ディーヴァーの比較的初期の傑作である。聾唖学校のバスが、脱獄囚に乗っ取られ6人の生徒と2人の教師が人質となり、今は使われてない食肉加工工場に幽閉される。主人公であるFBI危機管理チームの交渉人ポターが、人質解放にあたる。生き生きとした描写、容赦ない冷酷なハンディーの犯人像、FBIチームの交渉を巡る作戦と息詰まる展開は圧巻だ。ディーヴァーの常套で最後のどんでん返しは、また見事と言うしかない。のちの「ボーンコレクター」をも彷彿とさせる傑作である。
木曜日, 1月 04, 2007
悪たれの華 を読んで。
小嵐九八郎著「悪たれの華」この作者の本は初めてだ。主人公新八のちの玉屋市兵衛は、上州は群馬県鎌原村現嬬恋村鎌原の出だ。時は江戸時代、浅間山の大噴火で濁流の中を生き抜き、一揆衆となり信濃に逃れ、放つ火殺人を繰り返しながら生き延び江戸へと上った。浅間山の大噴火にも似た新八の想像する「花火」を作る為に。先代玉屋の花火屋に雇われ、一年足らずの奉公の末、同じ花火屋鍵屋に奉公する。数人の女を誑かし鍵屋の娘いとを殺めながら、江戸の大火事に託つけて、遂には玉屋に火を放ち一族を抹殺し、玉屋の主人市兵衛として居座る。また自分の自身の姉をも殺めてしまう。全ては「花火」の為、お城にも届く三百尺の打ち上げ花火を上げるために。殺人そして女犯をしながら、目標達成の為には手段を選ばぬ主人公の生き様、最後に中風に倒れなおも執念で理想とした「花火」の打ち上げに成功する。悪があるから、美しく輝く華火をと。生涯目標一つにして生き抜く主人公の生涯を見事に描いた作品600頁2段の書であるにも拘らず、先へ先へと読ませる圧倒的な迫力がある見事な作品である。「人生は斯くも過酷であり、生きる価値はなんなのであろうか」と。
火曜日, 1月 02, 2007
シャロウ・グレイブズ を読んで。
ジェフリー・ディーヴァー「シャロウ・グリブズ」は、ディーヴァーの1995年の作だと言う。期待して読んだが、最近の著作にあるようなハラハラ・ドキドキ感は全く無い。普通の小説だ。ジョン・ペラムとトーレンス家族との田舎町での遭遇そして、相棒の殺人に巻き込まれる。一応は殺人事件を解決するペラムの推理となっているが、その物語のスピードは「12番目のカード」「コフィンダンサー」にみる展開と全く違った、ゆっくりとしたものである。これには驚かざるを得ない。
月曜日, 1月 01, 2007
江戸川乱歩全集 第5巻 押絵と旅する男 を読んで。
乱歩の昭和3年頃の作だという。今まで読んだ全集の乱歩と比較し、ちょっと味が違うといったところか。中でも「蜘蛛男」は、大どんでん返しがまっていた。最後に明智小五郎との対決といった。予測もできない展開に一気に読んでしまった。何か読んでる途中での、わくわくする期待感というか。面白い。
2007年の第一日目が、始まった。今年も乱読の年になりそうだ。果たして、阿部内閣の下で、この日本が美しい国に生まれ変われるだろうか。期待している国民もまたいない。日増しに世界は、「グローバリゼーション」の波の中に否応無く置かれる状況だ。この世界で、果たして自分あるいは会社は何をするべきかを真剣に考えていかなくてはと思う元旦である。
2007年の第一日目が、始まった。今年も乱読の年になりそうだ。果たして、阿部内閣の下で、この日本が美しい国に生まれ変われるだろうか。期待している国民もまたいない。日増しに世界は、「グローバリゼーション」の波の中に否応無く置かれる状況だ。この世界で、果たして自分あるいは会社は何をするべきかを真剣に考えていかなくてはと思う元旦である。
火曜日, 12月 26, 2006
光の旅路上下巻 を読んで。
アイリス・ジョハンセンという女流作家の本を初めて読んだ。18世紀インドを舞台にロマンスと冒険活劇とでも形容できそうな壮大な物語である。上巻の100ページ先より徐々に作者の意図に引き込まれてゆく読んでいて心地よい。下巻は一気に読ませる迫力がある。スコットランドより来た夫婦イアンとマーガレットそして、身体不自由な身になるイアン、金細工師のカールタウクの3人が織りなす大人の恋、そして恋人同士の主人公ジェーン・バーナビーとリュエル・マクラレンの恋、若い二人のロマンスと中年のロマンスを同時に見事に描いている。
土曜日, 12月 16, 2006
定年後はイギリスでリンクスゴルフを愉しもう を読んで。
イギリスでのゴルフ中でもリンクスを主体としたゴルフ場及び個人ツアーの紹介は、過去スコットランドの「セントアンドリューズ オールドコース」を訪れた私にとって、非常に興味があった。しかしこの本を読み終わって、スコットランドやアイルランドでのリンクスゴルフのようにストウィックなゴルフ、人生を彷彿とさせるゴルフもあれば本当に南国東南アジアでの暖かいいや暑いところでのリゾートゴルフもまたゴルフではないか。と最近思うようになった。朝涼しいうちに、ラウンドしシャワーを浴びてビールを飲みながらゆっくりと昼食をとり、そのごマッサージにかかった後、昼寝をして読書、さて今日の夕食はどうしようかと考える。これもゴルフだ、人生を豊かにしてくれるゴルフではないか。
金曜日, 12月 15, 2006
月曜日, 12月 11, 2006
江戸川乱歩全集 第9巻 黒蜥蜴 を読んで。
黒蜥蜴、人間豹、石榴が収められた乱歩全集第9巻である。この三作品の中では、「石榴」(ざくろ)が一番面白いと思う。「黒蜥蜴」は後に三島由紀夫の脚本による舞台化などが行われ衆知となったが、私は石榴が、現代に通ずる傑作だと思う。昭和9年の作だという。思想統制が進む社会で思い切った表現もままならぬ時代下でのサド的表現を描いているのも面白い。最後の大逆転劇は痛快である。
コーヒー一杯のジャズ を読んで。
1960年頃のジャズのレコードを良く聴き、スウィングジャーナルも読んだ。植草甚一なる人は、雑誌での紹介記事で知った。おしゃれなコーヒーが好きな「ジャズ」評論家というイメージがあった。Mデイビスの「死刑台のエレベーター」から1970年の「Bitches Brew」に至る10年間は、ジャズの激動の時代であった。ついて行けなくなったジャズファンも多い。J・コルトレーンはまだしもアーチー・シェップやアルバート・テイラーにはついて行けないという。私がジャズファンになったのは、1970年の2年ほど前からである。前衛ジャズを聴き、ウィントン・ケリーを聴くとほっとする気持ちが今でも忘れられない。
米国社会も戦争や恐慌から立ち直り冷戦時代へと突入する時代背景である。またビートルズが世界を席巻した時代でもあった。ビートとインプロビゼーションをトコトン突き詰め精神的内部を表現しようとした時代だが、それは音楽ではなかった。少なくとも「楽しく」は無かった。70年のジャズをこの頃勉強したいと思っている。
米国社会も戦争や恐慌から立ち直り冷戦時代へと突入する時代背景である。またビートルズが世界を席巻した時代でもあった。ビートとインプロビゼーションをトコトン突き詰め精神的内部を表現しようとした時代だが、それは音楽ではなかった。少なくとも「楽しく」は無かった。70年のジャズをこの頃勉強したいと思っている。
土曜日, 12月 09, 2006
獣たちの庭園 を読んで。
J・リーヴァーの歴史長編小説である。しかも、今から丁度70年前の1936年ベルリンの夏第11回オリンピックが開催されたその年。一人の米国人がある使命を帯びてベルリンに入る。3年前にアドルフ・ヒトラー政権が誕生し思想統制やユダヤ人とアーリア人を強制収容所を送りが激しくなって来たベルリンの街を舞台に、殺し屋がヒトラーの幹部の一人を射殺するという設定だ。殺し屋ポール・シューマンが、自ら死に至る可能性のある極限状況下で収容所で今ガスにて殺戮されようとする青年を助け出す。J・リーヴァーの「良心」をみる。
火曜日, 12月 05, 2006
インヴィジブル・モンスターズ を読んで。
チャック・パラニュークを初めて読んだ。訳者の池田真理子のシリーズを追っての海外小説。カバーノーツに記載された過激小説という言葉が何故か空虚に感ずる。読後、この小説は何なんだ。何も残らないものが、残った。というべきか。この社会に生ける人間はがこの社会の枠を超えて生きようとしても、この枠を破壊し生きようとしても、あるいは逃避し生きようとしても、訓練された生き方しかできないのである。最早人生は言葉を超えた、椀の水の中でもがく蚊のように生きるしかないのだろうか。
月曜日, 12月 04, 2006
ボーンコレクレクター を読んで。
リンカーン・ライムシリーズの第1作目か。アメリア・サックス巡査が警邏課からリンカーンの要請で鑑識に回る。いつもながら、息もつかせぬ展開にはただただ睡眠を奪う。現場で収集した微細証拠物件がライムの博学な鑑識技術知識により犯人を追い詰めてゆく。海外探偵推理小説につきものの冗長性が、J・リーヴァーの中では心地良い。リンカーン・ライムシリーズは実は恋愛小説かも知れないと思う。凶悪犯に極限状況の中で対峙してゆく課程で除々に育まれてゆく愛。
日曜日, 12月 03, 2006
縦並び社会 を読んで。
予想以上に、格差が広がっている現実に危惧を覚えるのは私だけではないかもしれない。米国なみの競争原理の導入、時代の寵児と持てはやされたホリエモンと村上と対局に国保さえ資格を失う老人とその家族、相変わらず官庁の無駄金使い等々、一体この国はどこへ行こうとしているのか。防衛庁の昇格、核の論議、日本を支えてきた官僚は最早地に落ちた。海外への移住はこの先東南アジアの国々で日本人のホームレスが出現する日もそんなに遠い世界ではない。2007年問題が近づきつつある。大量の富める日本の貧民を創出する。まさに日本の警告の書である。
金曜日, 12月 01, 2006
江戸川乱歩全集 第4巻 孤島の鬼 を読んで。
この巻には、「孤島の鬼」と「猟奇の果」が収録されている。ときに奇形児を扱った孤島の鬼は息もつかせぬ展開の迫力があり、非常に面白い。併読しているJ・リーヴァーの「ボーン・コレクター」にも引けを取らぬ面白さがある。「猟奇の果」は乱歩が、雑誌に連載するスタイルで何とか明智小五郎を登場させて、繕うような格好と体裁が読み取れてしまうが、それなりに面白い。数巻読んだ中では、この全集第4巻がベストであり、推薦したい。
日曜日, 11月 26, 2006
コフィンダンサー を読んで。
ジェフリー・ディーヴァーの第二作目だという。この面白さは圧巻だ。圧倒的な迫力リンカーン・ライムの頭脳が殺し屋「コフィンダンサー」を追い詰める。最後はどんでん返しに次ぐ、どんでん返しライムと相棒サックスの愛が作者の優しい目を感じさせる。素晴らしい作品の一言に尽きる。今までの探偵推理小説とは較べモノにならない感動ものだ。
土曜日, 11月 25, 2006
江戸川乱歩全集 第1巻 を読んで。
大正14年に発表当時の乱歩の初期短編集が収められている。初々しい初期短編集の中にも既に明智小五郎なる青年探偵が登場してくる。乱歩の探偵小説の中に著者の人生観が、あまり見えないしまた、社会も見えない。純粋な娯楽探偵小説であると思う。それが却って心地よい読んでいる間の面白さと言うべきか。痛快さを味わう。これ以上でも以下でもない。J・ディーヴァーと比較し息の詰まるような緊張感はもちろんない。乱歩の作は?に空想の中の探偵娯楽小説だ。
木曜日, 11月 23, 2006
ゴルフはシャフトだ。 その3
10日ほど前、○○○5のフィッティングルームを訪れた。ドライバーを診断してもらうと、シャフトがヘッドをインパクトの瞬間追い越していて、ヘッドが開いているフィッティング担当は言う。シャフトが合ってないと。彼が推奨してくれたのが「Fujikura」のZCOMである。それも白いSIXという元調子だ。計測により私のヘッドスピードは41で、このシャフトによりキャリーで220Yで方向性も格段に良くなり、かなり改善するということで早速注文。ヘッドはナイキのサスクワッチ460でサスクワッチディアマナをリシャフトすることに。実際にコースでの試打では方向性はまずまずだが。飛距離がもう一つ延びない。たまたま3日前ヤフオクで「ミズノJPXE310+ZCOM SIX」が出品されていた。迷った。フィッティング担当の推奨は硬さ「R」で出品されているのは「S」であった。しかし落札し本日のコンペにてデビュー。結果はランを含め250Yしっかり出ていた。中弾道で軽くドローする球筋は自分が求めていたものだ。しかし肘を痛めていて腕が高くあがらない中での結果には大満足であった。明日は、今年ベルーナ女子オープンが開催されさくらちゃんが勝った「小畑郷ゴルフクラブ」だ。楽しみだ。
今に生きる親鸞 を読んで.
吉本隆明の「親鸞」の略歴と思想を平易に解説した。親鸞入門の絶好の書だと思う。が、親鸞の思想は、インド、中国を経て日本で完成した仏教思想の究極だと言う。明日をも知れぬ戦乱の時代、或は飢饉で飢えて死んでゆく民衆はたまた疫病と混乱の時代に生きた親鸞を始め各宗派の創始者がでる。曹洞宗の開祖道元、日蓮宗の開祖日蓮と既存仏教を批判し民衆の苦しみの中に入っていこうとした。しかし親鸞の思想は個人の自己欺瞞を否定した究極の善悪、倫理、死について師の言行を纏めた唯円の「嘆異抄」の中で語られているというが、かなり難しいと思った。これは「仏教思想」というより人間の哲学である。という印象だ。
日曜日, 11月 19, 2006
鼻/外套/査察官 を読んで。
ロシアの作家ゴーゴリの作品を初めて読む。「鼻・外套・査察官」の三部が収められている。なお査察官は一般的には「検察官」なる見出しという。人生とは、誤解の連続で成り立ち、常に孤独と悲劇が内在している。そして人間は夢・妄想の中に生きる。とゴーゴリは言っているようだ。中でも面白いのは「査察官」だ。市長とその取り巻きそして家族妻と娘に対して査察官と間違われるフレスタコフ(ロシア語で大洞ふき)のやりとり、この中には人間の醜悪な部分が全てあるように思う。ゴーゴリの人生感そのものかもしれない。
昭和史 を読んで。
ジャーナリストとしての著者が語る「昭和史」昭和20年天皇の太平洋戦争終結宣言から、GHQの管理下での日本は右往左往し、新憲法作成までの細かなエピソードは今更ながら驚かされる。詔勅から3日後、GHQの為の慰安場所を造ったという話も日本人ならではのものである。昭和27年ポツダム宣言により独立国家として歩み出した日本は、朝鮮特需を踏み台に池田内閣の元で所得倍増を旗頭に驚異的復興を遂げてゆく、戦後の60年の歴史のなかで、図らずも再軍備をせず新憲法を守り抜いた日本人にも良識があったのかはたまた偶然であったのか。私はその二つだと思う。GHQの若手6,7人で原案を作成した新憲法は、天皇の処遇を巡り紆余曲折はあったものの、現在の形になったという。今また「憲法問題」が叫ばれている。また「核」を含めた軍備といつまでたっても懲りない「日本人」という印象である。
月曜日, 11月 13, 2006
クリスマス・キャロル を読んで。
ディケンズの「クリスマス・キャロル」に登場する主人公スクルージは、真面目な守銭奴であるが、ある晩精霊に出会う。自分の子供の頃つまり、過去、現在、未来を見ることになる。19世紀初頭、イギリスの産業革命の中で貧困に喘ぐ工場労働者の実態からヒントを得た作品であろうか。一つの「聖書」ではないかと思う。人間の本当の優しさや幸福はたまた家族の幸福を思わせる。
日曜日, 11月 12, 2006
12番目のカード を読んで。
海外ミステリーである。ジェフリーディーバーの最近のミステリー「12番目のカード」は、最後までワクワクさせる展開の面白さを備え徹夜を強いる作品である。16歳の黒人の女子高校生ジェニーバ・セトルが、図書館兼博物館から資料を探しているところを襲われるところから物語りは始まるが、140年前の先祖の秘密とからめ意外な展開を見せる。元FBI科学捜査警部ライムとその恋人サックスが、犯人を追い詰める。一転二転三転と様々な展開は読者の予想を超える面白さがある、シドニー・シェルダン、ダンブラウンの遙か上を行く展開の面白さを絶賛したい。
海に住む少女 を読んで。
光文社新訳古典文庫の中の1冊である。作者の不遇の生涯が、作品に出ているというか、全編が詩的であり底流に漂う何とも言えぬ孤独・寂寥感に包まれている。動物の擬人化、殺人まで全てがなんでもない日常の中に並列的に横たわる。読み終わって、詩的部分だけが強調されそこはかとないただただ寂寥だけが残る作品であった。
月曜日, 11月 06, 2006
お江戸の意外な「モノ」の値段 を読んで。
江戸時代の9尺2間の裏長屋に住む庶民の身の回りの生活及び雑貨、或いは武家・旗本はたまた参勤交代時の経費等々、実に様々な「モノ」の値段及び費用について解説した面白い本である。1両を現代に換算して8万円から10万円として見ると、ほぼ現代の「モノ」「経費」と合致したものもあるのが不思議であった。今でも東南アジアに見られる屋台が、江戸時代には寿司、そばなどあったがこれが現代にないのは寂しい限りである。
帝国主義論 を読んで。
レーニンの「帝国主義論」を読んで、資本主義が高度に発展した段階、つまり「独占」「金融資本の寡占」「資本の輸出」「領土の分割」これらを「帝国主義」と呼ぶという。これは正に現代の社会と相違することなく19世紀後半から20世紀を等して約1世紀帝国主義は生き延びてきた。そして今や世界の貧富の差は予想以上に広がり我が日本国内においても、「格差社会」と呼ばれる状況が出現しつつある。この体制が続く限り世界の貧困は無くならないのであろうか。帝国主義論のレーニンの言う状況があまりにも現代の状況と合致しているのには、只驚くばかりである。
水曜日, 11月 01, 2006
マルクスだったらこう考える を読んで。
カール・マルクス60年代後半は、正にビートルズとマルクスであった。大学紛争の中で全共闘のメンバーが語るときのバイブル的だった「資本論」はマルクスの代表的著作である。現代をマルクスがもし日本の東京に生きていたらどう考えるだろうか。という疑問から出発しているが最後まで要を得ない解説であり、ガッカリさせらた。高度情報化社会が世界的に蔓延し、貧困が全て無くなったフラットな世界でこそ共産主義社会の出現となる。というようなことは正に夢であり、極楽浄土の世界だ。
Web2.0が面白いほどわかる本 を読んで。
ティム・オライリーが名付け親だという「Web2.0」という言葉の意味をより、具体的に解りやすく解説した良い本である。バーチャルとリアルという言葉から、今やWebとリアルに変化した。グーグルを筆頭とする米国IT産業は世界を席巻しつつある。殊にグーグルは世界規模での人間の様々な行動おもデータベース化しつつある。数十万といわれるサーバー群が世界中に分散し日々Webの世界を巡回し情報をデータベース化しており、今後の米国の覇権が揺るぎないものとなる予感がある。現実の日常からもWebの変化が読み取れる。検索と受信から、検索、受信、発信、共有という概念がWeb2.0の世界そのものだという。現に個人がBlogとして発信している。そして我が分野でも、SI(システムインテグレーション)は、パッケージからつまり「サービス」へと移行するという。来るWeb3.0の世界は、「ユビキタス」の時代となるであろう。人間とWebが、ともに「リアル」なものとなるであろう。
火曜日, 10月 24, 2006
江戸川乱歩全集第15巻 三角館の恐怖 を読んで。
相変わらず、乱歩らしいタッチで物語は進む。「青銅の魔人」と「三角館の恐怖」が収められている。青銅の魔人は少年雑誌の連載として書いた物語である。少年探偵団の小林少年の活躍である。昔の少年時代を思い出さずにはいられない。懐かしいの一言である。三角館の恐怖は、洋物を乱歩流に書き直したものだという。最終章まで犯人が判らないという推理小説の定番的物語である。
金曜日, 10月 20, 2006
ホーキング、宇宙を語る を読んで。
宇宙は、どこから始まり何処へいくのであろうか。この壮大な理論物理学の世界へ望む科学者の理論を紹介しながら、あるいは想像主としての神との対峙を含め解説したこの本は宇宙の壮大無限性と人間の極小性を認識させる。改めてアインシュタインの「相対性理論」が持つ意味が如何に深く理論物理学に係わっているかも認識させられる。統一理論が、著者の言う今世紀20世紀には擁立できなかった。ビッグバンに宇宙の創造を提唱した著者は、今後どのような展開もって統一理論へと結びつけて行こうとしているのか。
木曜日, 10月 19, 2006
江戸川乱歩全集第10巻 大暗室 を読んで。
この巻の中に2編が盛られている。「怪人20面相」と「大暗室」だ。どちらも、中学生の時に読んだ興奮を今にしても覚えるということは、やっぱり面白いからだ。懐かしさと興奮が沸々と湧いてくる。主人公と犯人との知恵と知恵の対決、最後には主人公の正義が勝つという少年雑誌の連載に向けての物語だが、実に良くできていると思う。
月曜日, 10月 16, 2006
江戸のおしゃべり を読んで。
江戸庶民の様々な生活を古川柳を通して見ると良く解る。九尺二間長屋の住人から、町屋、吉原、武家それぞれ庶民の生活が古川柳の中に生きている。江戸庶民の文化の研究は原始文献が少ないという。古川柳に二見る江戸庶民の生活は、現代の我々の生活の中に多くを見ることができる。世に言う、渡鬼、嫁姑の争いも古川柳で言うと「憎い嫁かわゆい孫をやたら産み」となる。
日曜日, 10月 15, 2006
公爵家の相続人 を読んで。
第一次世界大戦終了後つまり、1920年代の英国のカントリーハウス、フューエンフォート家の「ジャスティスホール」大邸宅を舞台にした、ローーリー・キング「シャーロックホームズ愛弟子」シリーズ第6巻である。このシリーズをたまたま本屋に立ち寄り発見した。「ホームズ」のファンとしては、期待を持って読み進めたが、海外作家特有の冗長な背景描写には辟易する。570ページある書の250ページは不要と思われるほどだ。古典的なトリックだが、後半はファンにとってはたまらない展開となりつい、朝方まで読んでしまった。戦争の中で、幾多の命が翻弄され第7代公爵の相続人を巡る血なまぐさい古典的殺人計画をホームズ及びメアリ・ラッセルが謎解きをしていく。メアリーはホームズの妻となって活躍する物語である。
アフターダーク を読んで。
村上春樹の本を初めて読んだ。最新刊らしい。午後11時55分から翌朝午前6時50分まで、時系列に物語が美人を姉に持つマリの行動と高橋というトロンボーンを練習する大学生そして、モーテルに勤めるかおりとサラリーマン白川のそれぞれの行動がこの時間帯の中で動いていく。全ての人間がほぼ病的いや病気である。普通の生活とみられる大都市の闇の中で蠢く人間の行き着く先は結局兄弟愛というか家族というか。観念で捉えられない血の繋がり、肌の感触の中にしか無いのであろうか。
金曜日, 10月 13, 2006
江戸川乱歩全集第7巻 黄金仮面 を読んで。
実に、面白い「黄金仮面」は、仏蘭西のアルセーヌルパンと明智小五郎との対決。また「白髪鬼」は、イギリスの女流作家マリイ・コレルリ「ヴェンディッタ」を乱歩流に書き直したものであるという。この「白髪鬼」の中に人間の復讐心というものが、どこまでも果てしなく深く広がり鬼畜ごときに成り下がるということだろうか。信頼せる人間に裏切られた時の復讐心を持って人間の本質に迫る乱歩にある人間観とは。。しかし面白いとくに、怪奇ものに乱歩の真骨頂があるようだ。
水曜日, 10月 11, 2006
臆病者のための株入門 を読んで。
何冊か株式投資入門の本を読んだが、初めて「マトモ」だと思われる本である。投資には、リスク及びリターンがあるという。また銀行、証券会社、生命保険会社などが、商品化するパッケージものに、如何に「嘘」が多いか。どうしたら、善良なる投資家を騙し自らの会社の損失を防げるか?を念頭にパッケージ化する商品の裏側を見極める必要があるという。投資に王道なし、過去米国の偉大な投資家を例に語る投資法の数々を分析し、「トーシロ投資法」を指南する。世界市場ポートフォリオへの投資、インデックス投資という方法を推奨する。これらを研究してみようと思う。
火曜日, 10月 10, 2006
博士の愛した数式 を読んで。
主人公とその息子は、2人暮らしで主人公は家政婦である。家政婦紹介組合より数学博士の家へ派遣される。博士は1975年に交通事故に遭い、それ以来75年で記憶が停止したままである。かつ記憶が80分しか持続しないという。主人公と博士そして息子の3人が織りなす、日々の生活の中に著者の何とも言えぬ「やさしさ」「愛情」を行間から読み取れる。設定も奇抜だが、一気に読める面白さだ。また、余談だが数学についても、素数とか有理数とか勉強になる。
日曜日, 10月 08, 2006
極楽タイ暮らし を読んで。
タイ人の性格や日常の慣習そして生活について語ったこの本は、少し古いがどうだろう。仏教を背景とするが、タイ人は現実的であるという。輪廻という思想が、タイ仏教の根本にあるため死者への参拝等は一切しないという。暑いので歩くのが大嫌いだと、自転車よりバイク、そして自動車タイは全て自動車は輸入である。物品税が高いため、本田のシビックでも300万もすると聞いたことがある。月給数万円の生活で、車を購入することは大変なことだ。でもタイ人は車が大好きだ。エアコンのついた自動車に乗ることが、庶民の夢なのかもしれない。
土曜日, 10月 07, 2006
江戸川乱歩全集第2巻 パノラマ島綺譚 を読んで。
「湖畔亭事件』「一寸法師」と比較的初期の作品が収められている「江戸川乱歩全集』の第2巻である。昭和初期の作品であるにも関わらず、圧倒する臨場感は今読んでも迫力があり面白い。当時は探偵小説といったそうだ。湖畔亭事件は横溝正史の小説を彷彿とさせる。一寸法師で、懐かしい明智小五郎に出会う。中学生の頃読んだことを覚えている。懐かしいの一言だ。全集は一巻凡そ600頁もある。
月曜日, 10月 02, 2006
仏教のこころ を読んで。
仏教と現代との関わり、はたまた現代の殺伐とした多くの事件が発生する状況下での仏教の役割といったものがあるとすれば、何なのか?について著者の率直な心情を著わした書である。私が興味を持つのは、日本あるいは日本人の自然との係わりである。中国から伝来して以来、日本人の自然観の中に昇華した仏教は、私たちの生活の隅々まで浸透している。また「神仏混淆」など当たり前、田舎のどの家にも仏壇と神棚はある状況である。このいい加減さこそ「日本人」であると思う。がしかし世界の人々に理解してもらうのは、正直難しい。小動物から草木にまで命があるという、日本人にとってごく当たり前の考えが、グローバルスタンダードになり得ない「もどかしさ」を常々感じる。
金曜日, 9月 29, 2006
お江戸でござる を読んで。
杉浦日向子さんが、NHKの「コメディーお江戸でござる」の解説者としてドラマの終盤に登場し考証を含め軽快な口調で解説する江戸の庶民の生活は実に面白く見ていた。午後2時頃から3時頃、蕎麦屋でちびりちびりやるのが好きだと言う著者は、既にこの世にいない。多分江戸にタイムスリップして、裏長屋に住まい相変わらずちびりちびりやっているのであろうか。庶民の生活の時代考証は、様々な資料で知識を深めないとなかなか発見できないのではなかろうか。と思う。日本の本来のまた、日本人の庶民の生活ルーツというか規範が、この時代にあると、熟思う。
水曜日, 9月 27, 2006
新・バンコク探検 を読んで。
バンコクというか、タイ人の「いい加減さ」が紹介されている。過去2回ほど、バンコクに立ち寄ったが、この本を読んで、バンコクの道路が、タノンという大通りとソイという枝の小通りに分かれソイとソイは連絡が無いというのも発見であった。道路事情から、バス、タイ料理、酒、そして夜のバンコクなど現地で生活していなくては、わからない情報が見つかる本である。
日曜日, 9月 24, 2006
階層別・江戸の暮らしがわかる本 を読んで。
町人から武士まで、階層別に江戸の暮らしを解説した本である。今まで読んだ「江戸」関係の範囲である。特段面白くはない。九尺二間の裏長屋住まいの江戸の一般庶民の暮らしぶりが、良くわかる。現代に照らしてみるに、様々な事柄が既に江戸で始まり行われていたことがわかる。世界屈指のクリーンなリサイクルを実践し、庶民の識字率は類を見ないほど高い日本が世界に誇るべき人工の都市であった。果たして、徳川家康はこの都市の発展を夢に見ていたのだろうか。
火曜日, 9月 19, 2006
江戸検定手習帖「江戸」のいろは 入門編 を読んで
江戸検定の入門編試験問題集である。11月に試験があると言う。問題はかなり、マイナーであり勉強しないと当然合格は望めない。江戸全般に渡る問題が出題されるようだ。
日曜日, 9月 17, 2006
夢のゴルフコースへ米西海岸編 を読んで。
伊集院静氏は、30年余のキャリアを持つゴルファーだと知った。この書を読んで一番の印象は、「羨ましい限り」の一言である。ゴルフコースとは、何であろう。自然条件と名設計家による芸術作品であると同時に、ゴルフを愛する人間の弛まないメンテナンスを必要とする、この意味でゴルフコースは生きているという。コースからの、「囁き」が聞こえてくるようになれば、一人前かも知れない。以前ロスアンジェルスにいったが、ロス周辺のコースしか行かなかった。この書で紹介している一番の印象に残ったのは、メキシコのロスカボスであった。サンディエゴのラコスタリゾートでゴルフを堪能し、ロスかボスへ向かうリゾートゴルフを満喫する旅を是非して見たいと思う。
金曜日, 9月 15, 2006
インドを知らんで明日の日本を語ったらあかんよ を読んで
1944年英国から独立以来、現代のインドは歴史的に壮大な実験をしているという。その理由は、過去の歴史上類を見ない実験とは、まずITがあって、その後にインフラ及び製造業を発展させて貧困を撲滅しようとする実験であるという。米国のアウトソーシング化しているインドは、数年後には米国の企業の下支え運命共同体としての国として位置づけされるであろう。民主主義と英語とITがインドを支える。それにしても、人口10億を超え中国と違い産児制限もなく未だに人口が増え続けているインドの未来はどんなことになるのであろうか。
日曜日, 9月 10, 2006
なぜウォルマートは日本で成功しなかったか? を読んで。
米国流通業界と日本の流通業界を対比させ、如何に日本の流通業の思想の「無さ」を確認させる。また西友と提携し、未だ成功しない「ウォルマート」の米国での戦略が日本のマーケットで成功しないか?やはり流通業での世界戦略の難しさを挙げる。日本のコンシューマ及びカスタマーは、やはり米国とは違う。サプライヤとの契約も異なる。さらに日本の階層とも違う。米国での流通業界とりわけ「EDLP」戦略を掲げる各会社は、日々イノベートしている。そしてコンシューマからターゲットをカスタマーに変更し徹底的な戦略を練る。SC、モールへの出店と業態品揃えを行う日本の各社は、米国視察参りをして外見だけ踏襲するこれは正に「物まね」以外の何者でもないと言う。
土曜日, 9月 09, 2006
おもしろ大江戸生活百科 を読んで。
著者の江戸の時代考証は、今まで読んだ杉浦日向子氏の江戸ものより更に細部に渡り考証を行っている。読んで見て、やはり杉浦氏のほんの方が面白いのは何故なんだろう。やはり若い感覚というか、時代考証が現代を元に行われているところにあるのかも知れない。
木曜日, 8月 31, 2006
日曜日, 8月 27, 2006
ウェブ2.0は夢か現実か? を読んで
著者は、毎日新聞の記者及びアスキーにも籍を置いたジャーナリストである。コミュニティーベースでのビジネスを展開する企業をウェブ2.0企業というそうだ。それにしても広告費で飯を喰っている企業の多いことが改めて実感する。この広告をどのメディアが制するか。テレビを主体とするオールドメディアかまたコミュニティビジネスを展開するウェブ2.0系企業メディアか?。やはりB2Cを考える時、まだまだウェブは可能性を無限に含んでいると思う。オールドメディアがウェブにそのシェアーを受け渡すのは果たして何年先になるだろうか。近い将来に違いない。またヤフーで成功しているポータルサイトは今後も続くのであろうか。
水曜日, 8月 23, 2006
月に吠える を読んで。
萩原朔太郎の詩集である。著者31歳1917年刊行だ。古里群馬県前橋市の生まれで、生家は東大医学部出身の繁盛している医院であった。裕福な家に生まれた著者の人生は波乱の一言であった。詩全般に漂う孤独・寂寥感そして独特なリズム感は彼独自で今でも新鮮だ。
火曜日, 8月 22, 2006
月曜日, 8月 21, 2006
シャーロックホームズの冒険 を読んで
30数年前に読んだ経緯があり、今回手に取ったがドイルの卓越した推理・観察眼と短編に凝縮させる構成力は、現在でも水々しく輝いている。数年前にスコットランドへのゴルフの旅の途中立ち寄ったエジンバラは、スコットランドの首都であり、城下町風な情緒ある古都であった。彼はここに生まれたことをこの本で知った。感慨深く思う。
金曜日, 8月 18, 2006
地政学で世界を読む を読んで
十数年も前、地政学に関する本を読んで、戦略のない「日本」を感動を持って理解した経緯があった。今回著者のブレジンスキーは、米国の国際政治学者であると同時にクリントン政権の大統領補佐官であったと記憶している。地政戦略は「ジオポリティクス」といわれるが、米国のこの分野での研究は他国を圧倒する。日本を取り巻く地政戦略状況は多くの問題を孕んでいる。中国の台湾統一問題と中国の民主化、中国との南シナ海での海底資源の覇権に伴う領有権、尖閣列島での領有権、韓国との竹島問題、朝鮮半島の統一問題、北朝鮮のミサイル・核・拉致の問題、千島列島(北方領土)でのロシアとの領有権問題と、どれ一つをとっても民族紛争に発展しかねない重要な問題ばかりである。では一体日本の取るべき道とは如何なるものであるか。著者曰く米国にとっての日本は、日米安保の傘下で東アジアの超大国としてでなく、世界に貢献する国として育て導き中国との緩衝国としの位置を確保しつつ、中国の民主化がスムースの移行できるようにする為の地政戦略上の同胞であると。
この書を読んで、熟思うのは国家及び構成員としての人間の欲望というか、万能の神の下で或は地球規模で見て小さな領有権、覇権というエゴが永久に続いている。本当に懲りないなという感想である。
この書を読んで、熟思うのは国家及び構成員としての人間の欲望というか、万能の神の下で或は地球規模で見て小さな領有権、覇権というエゴが永久に続いている。本当に懲りないなという感想である。
木曜日, 8月 17, 2006
武士道 を読んで
新渡戸稲造が、米国滞在中に著した英文の翻訳である。定番である矢内原忠雄訳でなく、奈良本辰也訳本である。明治の時代に半ば世の中の移り変わりを憂えまた、外国人に対する日本国理解の為に書かれたものであった。と思われる。日本人の精神の中核を「武士道」と見る著者は、キリスト教・宗教との対比から騎士道はたまた「薔薇」と「山桜」「アングロサクソン」と「日本人」というように豊富な例を交え解説する。その武士道が封建社会の中で、日本固有の風土の中に生まれたとするが、その詳細な起源とか経緯とかは定かではない。儒学・儒教が日本の「風土」の中で洗練されて来たというべきなのだろうか。
土曜日, 8月 12, 2006
読書の方法 を読んで。
吉本隆明のこの本を読んで、私が所謂古典ものをほとんど読んでないことに気づく。もの書きをする人の読書はすごいなーと。でも結局読書は、「自分探しの方法でしかない」というのが感想だ。本の世界で遊ぶ気楽な読書もあっていい。と思う。ただ読むにつれ、次から次へと興味が沸々と沸き上がり、つい色々と手を出してしまう。一貫性のない読書を世で言う「乱読」と言うのだろうが正に自分のそれだ。
木曜日, 8月 10, 2006
もっとソバ屋で憩う?きっと満足123店 を読んで
杉浦日向子さんが、参加する「ソバ好き連」「ソバ屋好き連」略してソバ連そしてソ連のメンバーが名店を紹介する。午後2時から3時頃来店し、空いている時間帯にちょいと一杯引っかけながら、ソバを楽しむという至上の喜びを持って、あー日本人で良かったと言う。著者は、35歳にして「隠居」リタイアーして、昨年7月46歳で亡くなっている。
水曜日, 8月 09, 2006
一日江戸人 を読んで
江戸庶民の日々の暮らしぶりが、細部に描かれていて興味深い。現代人が「EDO」をする視点で書かれているのも良い。衣食住から、粋、洒落、春画とまさに「軽妙洒脱」の一言。最後の章の「あなたの江戸っ子度?」の十八項目のチェックをしたら、並の東京人ということだった。
火曜日, 8月 08, 2006
大江戸見聞録 を読んで。
この本は、江戸を紹介するとともに、江戸文化歴史検定試験の標準テキストになっている。テキストだけにあまり面白くない。杉浦日向子氏の江戸に関する著述の方が数段面白く細部に渡る江戸文化かから庶民の生活全般まで、また日本人の精神構造の中核としての江戸を満喫できる。
日曜日, 8月 06, 2006
土曜日, 8月 05, 2006
あなたに不利な証拠として を読んで。
著者の体験を踏まえた、警察小説とでも言おうか物語である。女性制服警察官として5年ほど実際にルイジアナ州の警察官の経験を持つ著者の処女作だと。この本の最終章の「生きている死者」は、グイグイと読む者を物語の中へ引きずり込む迫力がある。5人の女性警察官の織りなす物語が絡み合い、スムーズに読むことができない章があるが、何れにしても米国の現実的な犯罪を追う或は起こってしまった犯罪の後処理をする警官の日常の物語である。人を簡単に「殺す」「殺してしまう」という社会の裏にあるのは「貧困と差別の階級社会構造」かもしれない。
水曜日, 8月 02, 2006
お江戸風流さんぽ道 を読んで
江戸庶民の生活が、書かれている。徳川時代に人工的に造られた「江戸」は、世界に冠たる百万都市であったという。地方から江戸へ様々な場所から出てきた人々が江戸に集まり生活する中で、色々な文化が花開く。以前山岡壮八「徳川家康」26巻を読んだが、改めて家康の質素を旨とする「基本方針」その後の15代に渡り264年間という長きに渡り、世界でも類を見ない平和な国家を維持し続けたのは驚異的である。もしも徳川の藩政に自由がなかったら、「江戸文化」の隆盛は見られなかったに違いない。
火曜日, 8月 01, 2006
PostgeSQL徹底入門 を読んで。
久し振りに、コンピュータ言語関係の書を読んだ。オープンソースのSQLDBである「PostgreSQL」とPHPというWeb言語の所謂「Web+DB」である。Posgreをインストールし、次にWebサーバーであるApacheをインストールし、さらにPHPをインストールして、2、3の例文を記述して動作を検証した。
鴨川ホルモー を読んで
著者は30歳といはいえ青春の恋する男心というか、機微を文章で表現する能力たるや感嘆に値する。奇抜でユーモラスでいて懐かしさのあるストーリーの展開には、正直マイッタ。一気に読み終えてしまう。読後の爽快感もある優れた著作であった。「人生は、諸行無常、鬼の霍乱」。
月曜日, 7月 31, 2006
江戸へようこそ を読んで。
1986年の作と言うから、丁度20年前のである。杉浦日向子を知ったのは、NHKの午後7時半から放映していたお笑い時代劇の最後に劇の時代考証を語る場面にいつも着物を着て、登場するその人であった。語り口は、軽快であった。著者の言う。江戸とは徳川260年の歴史そのものだが、そうではなく「江戸とは、日本人の精神的なニュートラルポイントだ」という。そして江戸文化を一言でいうと、「粋」だと。粋という概念が、江戸にどのようにして生まれたのか。
木曜日, 7月 27, 2006
この国のけじめ を読んで
「国家の品格」に続き、藤原正彦の2冊目である。ここ3年ほどの日本の政治、改革への強い不信感と懸念を表明しているのは、前著と同様だがこの書では著者の日常を含めたエッセイが記されている。類い希な風土に生ける極東アジアの小国日本の誇りと武士道精神を中核とした日本の復興を説く。「昔気質の人にいい癖のあるじーさん」という印象だ。
水曜日, 7月 26, 2006
木曜日, 7月 20, 2006
世界で一番気になる地図帳 を読んで。
地球儀や世界地図を手元に置いて、読みたいと思う。国の名前、国旗、地域、山、河川、都市とその由来やエピソードが、盛り込まれ読んでいて飽きない。日本は、地球の全陸地面積約1億5千万平方キロの0.25%37万8千平方キロで人口規模2%の1億3千万人だと言う。極東アジアの本当に小さな国という印象だ。この小さな国を世界の人々はどう思っているのであろうか。
火曜日, 7月 18, 2006
夜と女と毛沢東 を読んで
辺見庸と吉本隆明の対談集である。「毛沢東と夜と女」では無いことに注意。前記3つのテーマについて、語り会うが、最後の身体と言語の稿が一番面白かった。対談の印象としては、巨人を相手に小人が立ち向かう様だ。ジャーナリストの経験がある辺見の見識と吉本の思考のみでの知識との対決とでも言うか。日本の消費資本主義の末期的状況を語るが、私個人としては食料自給を含め、資本主義は生き延びると思う。世界全体というか地球規模の問題に対しての、世界的良識がこの地球市民は持っていると思っている。
日曜日, 7月 16, 2006
眼の探索 を読んで
辺見庸の世界に初めて触れた。知識人ジャーナリストとしての良識を持つことを認識した。日本人の言語に対する希薄性、米国従属型の国家権力がオブラートに包みながら大衆を無知へと導く「新ガイドライン」から現在北朝鮮の脅威を喧伝し攻撃型抑止力を持つことを公然と唱える政治家及び官僚、W杯ワールドカップ、ライブドア、村上ファンド、日銀総裁等々の中でこの国は戦後60年を経た今、再び東アジアとの対話外交の無いまま軍備を拡張しようとしている。「周辺事態」という曖昧模糊とした造語を操り、確実にファシズムへと進んでいく様だと著者は警告し日常的世界に生きる一人の人間として何をなすべきか?を自らに問うジレンマに生きているように思える。
土曜日, 7月 15, 2006
カール・マルクス を読んで。
吉本隆明の40年も前の著作でる。1965年頃、「資本論」を手にしたが、挫折した覚えがある。当時経済学書或いは学生運動の根本的思想と考えていた。その後、マルクスについて今日まで、全く接しないままだ。今回著者の親鸞を読んで、関連本として手に取ったが今までの印象と全く違ったものであった。マルクス生涯の思想の流れの中で「資本論」を把握している。宗教、法、国家、自然、歴史といったマルクスの思想の到達点として「資本論」があることを認識させられた一冊である。
金曜日, 7月 14, 2006
読むだけで10打縮まるゴルフ思考術 を読んで。
読み終えて、10打なんてとっても縮まりそうにない。というのが印象だ。著者の最もスコアーを縮める核心は「プロあるいはPGA公認のインストラクター」に金を払えだそうだ。ゴルフの楽しさも夏坂健から比べると比較にならない。
99.9%は仮説 を読んで。
冒頭、「飛行機はなぜ飛ぶのか?原理が今のこの時代でも解明されてない」には驚いた。勿論種々実験により飛ぶことはわかっているが、科学的原理とは別物だという。人は、様々なその人なりの仮説或いは世間でいわれる仮説の上に世界観を形成し日々生きている。仮説というか前提条件が違えば、ものの見方が根本的に変わってしまう。科学の世界でも、白から黒あるいはグレーという仮説があるそうだ。物体のエネルギーに関してもニュートンは、運動して初めてエネルギーが加わるという力学の仮説に対して、アインシュタインは、動かなくても物体そのものがエネルギーを持っているという仮説を発表し、その先はヒロシマ、ナガサキの原子爆弾に繋がったという。人は、思いこみ自分で構築した仮説の範囲で考え行動する。しかしこの仮説に疑問を呈し頭を柔軟にして違った仮説を考えることは、即人の気持ちをわかるという「やさしさ」に繋がるのではないか。
火曜日, 7月 11, 2006
今に生きる親鸞 を読んで。
親鸞の思想を現代社会の問題(例として老人高齢化問題)に即して、考える稿がある。しかし、結局最後は一人一人の老人の問題であると。施設を沢山つくり、或いは老人の働く場所を作る。これでこの問題が解決できるだろうか。最後は、「死」という問題になる。自然法爾(じねんほうに)、阿弥陀様が自然と手引きされるまで待って、時間の余裕があれば称名念仏を1回でも唱え浄土に行く。そんな親鸞のいう「無」になれるのであろうか。
月曜日, 7月 10, 2006
日本という国 を読んで。
明治から昭和そして今、現代へと日本の歩みが小冊子ながら的を得たすばらしい本である。著者の歴史認識は近隣アジアの人々にとって普遍であり、今の首相の小泉さんに是非読んでもらいたい。ブッシュの前で、プレスリーの歌を歌う日本人が、如何に恥ずべき行為かを知る、誰にでも読める歴史教科書として感銘をした。
日曜日, 7月 02, 2006
親鸞の告白 を読んで。
6世紀半ばに伝来した仏教が、鎌倉を経て平安で花が咲く。二人の天才宗教家である最澄と空海により日本の仏教として
確立してゆく。戒律を改革した最澄と、即身成仏を説く空海そして法然、親鸞へと。
今まで、政治やイデオロギーと深く関わって発展した来た仏教を解放し、思想として初めて仏教を普遍的なものに変えた。
「悪人正機説」で有名な「歎異抄」は親鸞の弟子唯円の書いたものだという。思想の深部は難解である。「善人なおもて往生
をとぐ、いわんや悪人おや(善人が極楽往生できるのなら、悪人ができないはずが無い)」というパラドクス的表現は、簡単
そうで深い。仏教の核心は、「慈悲」と「平等」であるという。
確立してゆく。戒律を改革した最澄と、即身成仏を説く空海そして法然、親鸞へと。
今まで、政治やイデオロギーと深く関わって発展した来た仏教を解放し、思想として初めて仏教を普遍的なものに変えた。
「悪人正機説」で有名な「歎異抄」は親鸞の弟子唯円の書いたものだという。思想の深部は難解である。「善人なおもて往生
をとぐ、いわんや悪人おや(善人が極楽往生できるのなら、悪人ができないはずが無い)」というパラドクス的表現は、簡単
そうで深い。仏教の核心は、「慈悲」と「平等」であるという。
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