火曜日, 7月 11, 2006

今に生きる親鸞 を読んで。

親鸞の思想を現代社会の問題(例として老人高齢化問題)に即して、考える稿がある。しかし、結局最後は一人一人の老人の問題であると。施設を沢山つくり、或いは老人の働く場所を作る。これでこの問題が解決できるだろうか。最後は、「死」という問題になる。自然法爾(じねんほうに)、阿弥陀様が自然と手引きされるまで待って、時間の余裕があれば称名念仏を1回でも唱え浄土に行く。そんな親鸞のいう「無」になれるのであろうか。

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