火曜日, 5月 28, 2019

デニス・ルヘイン著「過ぎ去りし世界」、20世紀初頭から第二次大戦までのフロリダはタンパを舞台にギャングが暗躍し殺人と違法賭博、売春そして麻薬と密造といったあらゆる悪を実行する組織から現在は抜けだした。ジョー・コグリンはギャングの連帯組織から狙われている。周辺ギャングと自分の命を懸け生きる人生を描いた作品で不条理な生への希求そして絶望的な孤独との戦いは見事だ。
リサ・マリー・ライス著「真夜中の天使」、宝石の展示会で暴漢が銃を手に発砲しながら宝石を強奪しようとする会場で一人ハーブを奏でる盲目の美女アレグラは元海兵隊員のダグラスに抱き上げられステージの下に潜り込み難を逃れることができた。その時厳つい顔をしたダグラスはすっかりアレグラの虜となってしまう。二人の愛は日ましに強くなっていく。女性作家らしい感情の機微を描く筆法はリンダ・ハワードを彷彿とさせる。ラブロマンスに少しミステリーを絡ませた小説だ。
北方謙三著「血涙 下」、遼軍の武将であり精鋭である石幻果は楊家つまり宗の武将であったという記憶を取り戻し苦悩するが、彼は石幻果として生きる決意をする。戦争を繰り返し疲弊していく人民の悲哀と国を束ねる帝や文人、武人達さらに兄弟、母と子といった戦争の愚を記述しながらも読ませるポイントを幾つも用意された傑作だと思う。
今村昌弘著「屍人荘の殺人」、大学生たちが夏休みの合宿と称して選択したのは山中のペンションだった、名を紫湛荘という。折しも近くでロックフェスが開催されていた。そして事件は早々に発生した。しかもゾンビという人間が感染してゾンビになり紫湛荘にも押し寄せ次々と大学生たちに纏わり噛み殺してゆく。仲間が一人二人と生贄にされ死んでゆく。この状況下で冷静に殺人計画を実行した犯人は少し小實家だ。プロットはシンプルだが、発想は奇抜で斬新だ。ホラーミステリといったところだ。
北方謙三著「血涙 上」、10世紀末の中国北部燕雲16州内での遼軍と宗軍の派遣争いつまり戦を中心に各々の帝を中心に戦争する人々を描いた物語である。遼軍の武将、石幻果は元は宗軍に属していた楊家の武将であったという記憶を無くし今や遼軍の精鋭である。しかし彼は戦闘が続く中で記憶を取り戻し苦悩する。宗軍の精鋭である兄弟、六郎、七郎、妹と戦を交え死闘を繰り返すことに気づき懊悩する。
京極夏彦著「百器徒然袋―風」、榎木津礼次郎探偵シリーズである。ハチャメチャで容姿端麗、頭脳明晰喧嘩は強く元子爵家の出である。今回の物語は全編猫、招き猫を中心に事件が発生し例によって僕こと凡庸な図面引きである本島と燐家の熊男後藤と京極堂の主人中禅寺さらに刑事そして薔薇十字探偵社の下僕益田と和寅らを巻き込む。800頁を超える大作であるが、何故か最後まで読んでしまう面白さがある。
高田郁著「あきない世傳金と銀 五」、大阪天満で呉服屋を営む五十鈴屋そこの店主智蔵の妻幸の采配により順調に売り上げを伸ばしてきている。そんな折呉服商仲間の桔梗屋の主人が倒れた。店を買って欲しいという申し出を受け、五十鈴屋高島店として支店扱いとして経営をすることになった。そんな折幸は流産をしてしまうという波乱の人生だ。常に現実を認識し将来・夢を見て努力する経営の本質は古今東西変わらない。江戸への出店を画策する幸は2年を掛けて調査に乗り出す。
畠山健二著「本所おけら長屋 十二」、最新刊のおけら長屋を早速手に取る。本所亀沢町おけら長屋の住人、大屋の徳兵衛、万造、松吉、八五郎、鉄斎といつもの顔触れが織りなす様々な困難を人情とお節介で解決するこのシリーズは、何とも言えない日本人の心への訴求が散りばめられいている。
篠田真由美著「桜闇」、10編の短編集だ。今まで読んだ中では唯一の短編集である。例によって登場人物は桜井京介、蒼、栗原深春、神代教授という面々である。イスタンブールやらベトナムハノイやらと海外での短編も趣向がある。また福島県の栄螺堂の二重螺旋階段にも興味が沸く、ルーツはなんとレオナルドダヴィンチかもといった面白さは建築の面白さを確実に伝えてくれる。
ジュリー・ガーウッド著「太陽に魅せられた花嫁」、12世紀初頭のイングランドとスコットランドを舞台にしたヒストリカルラブロマンス小説だ。族長として君臨するアレックの元へ嫁いだヘンリー家の末娘ジェイミーはスコットランドの風習に馴染まず様々な困難を繰り返し経験しながら無理やりな結婚から立ち直り次第に夫を愛して行くと同時に生来の機転を発揮して氏族の信頼を勝ち得ていく。女性作家ならでわの微妙な女ごごろの変化を描き盛り上げていくその手法は、リンダ・ハワードを彷彿とさせる。
デイヴィッド・ベニオフ著「卵をめぐる祖父の戦争」、1940年代大戦中のロシア・レニングラードでのヒトラー率いるドイツ軍とロシア軍の包囲戦中の物語だ。レニングラードの惨状は目に余り窮状は到底想像を絶する事態、そんな中でレフとコーリャは軍の秘密警察に拿捕されたが、大佐は娘の結婚式に必要な卵一ダース5日後に持ってくるよう指示を与え放免する。二人の過酷な旅が始まる。様々な危難を突破して卵を略取したが、友人を凶弾に倒れレフ一人が大佐に卵を渡すという非現実的な物語だ。既に本書タイトルからして戦争の愚かさを想起させるファンタジー小説である。
トーマス・カポーティ著「夜の樹」、著者の短編9編が綴られている短編集だ。陰と陽が入り混じった不思議な作品群だ。陰鬱で孤独な状況を描いたかと思うと、故郷の小さな町の心温まる出来事を描いてホットさせてくれる。それはつまり人間の表と裏、二面性は作者の人生の経験に根差しているらしい。どうしようもない暗闇、それを見つめる人間とその心をそこはかとなく描く著者20台の作品だという。
黒木亮著「国家とハイエナ」、貧国の債権を格安で買い漁り国家に対して債務弁済の訴訟を起こして莫大な利益を上げる米国のハイエナファンドと債務国との闘争戦争を著者ならではの調査と手法で描きあげる物語はドキュメンタリーやミステリーにも匹敵する。ハイエナファンドは莫大な資金を投じてロビー活動を支援し自分たちの利益をまた高額な弁護士費用を支払い勝訴するこのような図式は金融市場を崩壊させかねない危機を招く恐れがある。世界に貧困が存在する限り解決できない問題だ。
山崎豊子著「大地の子 四」、妹あつ子と巡り合った陸一心は余りにも悲惨な運命の中で生きた妹に滂沱の涙を流すのみだった。妹が死亡し葬式の最中、一心は初めて父松本耕司・日本側東洋製鉄の上海所長と巡り合った。宝華製鉄所が中国政治指導部の内紛の具にされ2年後の完成の筈が7年の歳月を経て漸く完成した。著者は3年の歳月を中国での現地取材に費やしたという。戦争が様々な悲劇を生み国民に過酷な運命を強いるその戦争を激しく非難する。名著長編傑作小説だ。
浦賀和宏著「彼女は存在しない」、解離性同一性障害といった精神疾患をネタにサイコ的ミステリーとした本書はやや冗長性はあるものの頁を繰る手が止まらない。兄妹とその友人さらにフリーの小説家という限定された人間関係の中で殺人事件を起こし犯人は特定されたかに見えて定かではないという錯綜する病理下で展開する物語は稀有な存在だ。